【ミリマス】私という撫子の
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1: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:03:31.79 ID:RAUxaTtJ0
種を埋めたら芽が出て、茎が伸びて花が咲く。
そういう自然の理のなかで。
私の種はまだ蕾すらもつけないで。よく見えない光を探しながら。
その花が何かも知らぬまま。


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2: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:06:14.03 ID:RAUxaTtJ0
 控室で抹茶を飲んで一息つく昼下がり。この時間がたまらなく好きだった。大好きな日本で大好きな抹茶を飲むということの幸福に浸っていると扉が開く。そこから顔を覗かせたのは仕掛け人さまで、私を見ると「ここにいたのか」と呟いた。

「仕掛け人さま」

 今の口ぶりだと私を探していたみたい。用事だろうか。手にしていた茶碗を置いて姿勢を正した。
以下略 AAS



3: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:07:29.65 ID:RAUxaTtJ0
 仕掛け人さまから用紙を受け取る。よほど早く渡そうとしてくださったのか電子手紙の画面がそのまま印刷されていた。上から目を通すと読めたのは仕掛け人さまのお名前と担当者の方のお名前と時候の挨拶。

 着物の松山。
 といえば着物を着る人で知らない人はいない。それくらいに有名な老舗の着物屋さん。
 そんな着物屋さんと私がお仕事をするわけになったのは勿論仕掛け人さまのご尽力のおかげである。若者向けの着物を宣伝する際の手本として松山さん側から私を指名してくださったとのこと。
以下略 AAS



4: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:08:39.49 ID:RAUxaTtJ0
 なんでも松山さんが外国人を手本として選んだことは今までになかったらしい。松山さんが掲げる題目は「日本人女性を美しく見せるための着物」。それなのに私を選んでくださったのだ。
 その意味がわからないほど私は幼くなくて。
 今回のお仕事のために仕掛け人さまがどれほど努力してくださったかがわからないほど世間知らずでもなくて。
 何度も電話をして掛け合ったり、たくさん資料を用意していたりしていたことを私は知っている。松山さんへ一緒にご挨拶しに行ったこともあった。

以下略 AAS



5: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:09:48.75 ID:RAUxaTtJ0
「で、どんなこと聞かれるって書いてるんだ?」
「ええと、そうですね……」

 紙を一枚めくって質問項目が書かれているらしき部分に目を落とした。

以下略 AAS



6: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:10:37.01 ID:RAUxaTtJ0
「で、ですが! このお仕事はご縁だけではなくて、仕掛け人さまのお力があったからこそで……!」

 先ほど仕掛け人さまへの感謝を忘れずに臨もうと決めたばかりなのにこの失態。つくづく大和撫子には遠いと感じる。

「なんだ、そんなこと。全然気にしてないよ」
以下略 AAS



7: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:12:11.64 ID:RAUxaTtJ0
 *
 
 五歳になってすぐのことだった。年が明けてもまだまだ寒い日が続いていて、外には雪が積もっていた。家の中から見ると柔らかそうに見える雪は実際のところ冷たくて硬い。

『Emily!』
以下略 AAS



8: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:12:58.96 ID:RAUxaTtJ0
『いつも帰りが遅いから休みくらいはエミリーをどこかに連れて行ってあげたいのよ』

 お母さんがエプロンで手を拭きながら私に声をかける。持っていたお人形をそっと床に置いて確かめるためにお父さんの顔を覗き込んだ。

『そうなの?』
以下略 AAS



9: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:13:50.13 ID:RAUxaTtJ0
 車で揺られて三十分ほど。
 着いたのは大きな建物。その門の前に置かれた看板には『Japan Festival』の文字。また、知らない言葉だ。前を歩くお父さんに尋ねる。

『Japanってなに?』
『Nihonのことだよ』
以下略 AAS



10: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:15:15.85 ID:RAUxaTtJ0
 次に入った部屋で見たのは、家の中で見たことのある器に似たなにかだった。いつかお父さんに教えてもらった気がする。
 確か、Toukiだったような……。合っているかを確かめるためにその単語を口にするとさっきまで笑顔だったお父さんの頬が溶けそうなほどに緩んでいた。
 展示品に当たらないようにゆっくり歩いていると、一つのToukiが視界に入る。なぜだか惹かれた。

『家にあるのと似てる……』
以下略 AAS



11: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:16:10.83 ID:RAUxaTtJ0
 そうして入った次の部屋の光景に。
 私は思わず息を呑んだ。心が奪われた。

 見渡す限り、全く見たことのない景色と色と知らない世界で囲まれている。
 木の棒にかけられた色とりどりの布がたくさん飾られていて、それはまるでカーテンみたいで。だけどカーテンのように薄くはなくて、波打ってもいなくて。
以下略 AAS



12: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:03.49 ID:RAUxaTtJ0
『ほら。ああいう風に着るんだ』

 お父さんの指が示した先にいた女性。
 少しくすんだような赤色のKimonoを身にまとい、Obiというらしいものを腰に巻いていた。

以下略 AAS



13: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:59.92 ID:RAUxaTtJ0
 ――ヤマトナデシコ
 
 お父さんが口にしたその言葉に。
 私は出会ってしまった。知ってしまった。
 自分がいちばん美しいと感じたものの名前を聞いてしまった。
以下略 AAS



14: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:19:44.49 ID:RAUxaTtJ0
『あら、エミリー。ヤマトナデシコっていうのはね……』
『なれるよ。エミリーなら』

 お母さんの言葉を遮ってお父さんが私の頭を撫でる。その手はあたたかくて優しくて、いつか本当になれる気がした。

以下略 AAS



15: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:21:01.21 ID:RAUxaTtJ0
 なんかちがう。

 第一印象はそういうものだった。

 Kimonoを着ているというよりもKimonoに着られているみたいで。さっきの人のような美しさはどこにもなくて。なにより鮮やかな赤色に黄金色の髪の毛はひどく浮いていた。
以下略 AAS



16: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:22:08.10 ID:RAUxaTtJ0
 ❀
 
 その日から私は人が変わったように日本のことばかりを調べるようになった。父が日本を好きということもあって一歩を踏み込むのは容易かった。

 初めは語学からだった。
以下略 AAS



17: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:22:58.93 ID:RAUxaTtJ0
 だけど現実はすぐに花開くほど甘くも優しくもなくて。
 私のそれは花どころか芽すら出ない。憧れの花は部屋の中にこうしてあるはずなのに何故だか遠くて、靄がかかっているようによく見えなかった。
 
 日本語を学ぶのは楽しいけれどそれと同じくらいに難しい。そんな言語の壁はどうしようもなく高いものだったけれど、これを乗り越えなければ芽は絶対に出ないのだと言い聞かせて必死に勉強する。

以下略 AAS



18: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:23:35.81 ID:RAUxaTtJ0
 どちらかと言えば負けず嫌いだった私はうまくなりたい、という気持ちも相まって一層勉強に励んだ。家に帰っては日本語の教科書と学習書を読み込んだ。休日にはお茶を点てて父に飲んでもらった。時間が空いたときは正座をして慣れようとした。着物を綺麗に着られるように練習した。

 おかげで部屋中の日本語の本は付箋だらけで、辞書はすっかり開ききってしまって。一畳だけ用意してもらった畳はいつも座っている部分だけが変色してしまって。部屋の中は日本のものであふれかえった。



19: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:25:52.54 ID:RAUxaTtJ0
 そういう努力をするのは決して苦しくない。自分が望んでやっていることなのだから楽しいとさえ思える。

 だけど、果たしてこの努力が本当に大和撫子へと繋がっているのかはわからない。

 父も母も努力すればいつかはなれるよと言ってくれるけれど。
以下略 AAS



20: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:28:00.30 ID:RAUxaTtJ0
 大和撫子という言葉を調べるたびに出てくる「日本人女性」の文字にため息をついた回数は数知れず。学校で日本語を話して「外見がそんな風なのにおかしい」と笑われたことだってある。
 日本語が上達しても相変わらず着物は似合わなくて、和服を着るたびに鏡の中で私だけが浮いていた。あの頃から何も変わっていない。

 自分の外見を恨んだことがないと言えば嘘になる。雑誌や本で見る大和撫子と呼ばれる人はいつだって濡羽色のつややかな髪だった。

以下略 AAS



21: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:29:09.92 ID:RAUxaTtJ0
 でも、どれほど努力をしたところでどうにもならないことがこの世にはあるのかもしれない。
 私みたいな英国人が大和撫子になるなんて最初から無理な話なのかもしれない。
 だって外見がこうだ。いくら覚悟を決めても、意地を張っても事実は事実のまま変わることはなくて。
 花は咲かない。芽も出ない。土を汗と涙で湿らせているだけのこの花が咲く日など訪れるのだろうか。

以下略 AAS



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