1:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:00:17.66 ID:nJ12rVXd0
「……好きなんだ」 
 「お前とならきっとずっと一緒で居られる。お前となら同じ道を寄り添いあいながら歩いていける。そんなふうに思えるくらい」 
 「好きだ。好きなんだ。……だから。……だから、叶うなら」 
 「結婚してほしい。俺と、一緒になってくれないか」 
  
  プロポーズ。 
  プロデューサーが口にした。二人きりの事務所の中、ソファへ腰掛ける私を見ながら。 
  少しぶっきらぼうな口調で。何気なく、ちょうど日も沈み始め仕事も落ち着いてきた頃にふと。大切に贈る、というよりは照れを隠して放り投げるような言い方で。 
  プロポーズ。愛の言葉を口にした。 
  
 「……」 
 「……」 
 「……プロデューサー」 
  
  それに私は向き直す。 
  レッスンを終えた後の疲労感に身を委ねて崩し座らせていた身体を起こし、手にしていたスマホを脇へ置く。 
  まっすぐ整えた体勢でソファの上へ座り、デスクの向こうのプロデューサーと視線を交わす。私からの答えを待つように口を閉じた、キーボードを叩く手を止め、意識を私へ留めたプロデューサーへ、私はゆっくり口を開く。 
  先の言葉を思い返して。吟味するように、頭の中で何度か反芻してから。それに対する答えを、私の答えを言葉で返す。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:04:02.85 ID:nJ12rVXd0
 「それは、本気の言葉っスか?」 
 「……ああ」 
 「そうっスか。……うん。……うん。そーっスね……」 
 「比奈」 
 「……プロデューサー」 
3:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:05:06.32 ID:nJ12rVXd0
 「一応ちゃんと考えてはいたんだけどさ、なかなかどうにも良い閃きがなくて。……というか流石にそろそろ限界だわ」 
 「アイドルをプロデュースする人間が発想貧困でどうするんスか」 
 「いかにプロデューサーといえど百も越えれば告白のバリエーションも尽きるってものなの」 
 「言い方も雑だし」 
 「そりゃあ何百とやってればねぇ」 
4:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:05:57.79 ID:nJ12rVXd0
 「台詞のネタを提供するのに感情込める必要性はあんのかね」 
 「大ありっスよ。プロポーズなんて愛を伝えるための台詞なんスから、そこに想いが込もらないでどうするんスか。響かないっスよ。たとえ台詞自体が良くたって」 
 「その辺は比奈の脳内で感情込もった声を入れてくれれば」 
 「無理っス。不器用なんで」 
 「いつも妄想に浸ってるときやってるだろ」 
5:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:06:39.78 ID:nJ12rVXd0
  ぐしゃぐしゃ、とプロデューサーが頭を掻く。普段人と会うときには綺麗に整えている髪がまるで寝癖みたいにボサっと乱れた。しっかり者のこの人がなかなか見せてくれないだらしなさの片鱗を覗けたみたいでなんだか少し嬉しくなる。 
  ……。というか、嬉しいのはそれとしてそう、あれだ。プロデューサーは私のそういう姿をたくさん見ていて知ってるのに、私はこうしてたまにしかプロデューサーのそれを覗けないのはずるい気がする。不公平だ。私はあんなに許しているのに。時々、最近はほとんどわざと隙を見せてアピールしたりしているのに。ドキっとしてくれたらな、なんて思いながら無防備な姿を晒しているのに。 
  ずるい。もっと私も見せてほしいのに。許した分だけ許してほしいのに。たくさん甘えさせてほしいから、たくさん甘えてほしいのに。 
  ずるい。酷い男。悪いプロデューサー。ほんとにー…… 
  
6:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:07:29.96 ID:nJ12rVXd0
  変な思考が膨らんだ隙のどさくさでプロデューサーが今日のこの恒例を終わらせようとするようなことを言う。半ば思考に意識を引っ張られながらも聞き逃さなかった私は、現実へ戻ってそれを遮った。 
  終わっちゃ駄目。これからが重要なんだから。 
  プロデューサーも本当に終わらせたいと思っている訳ではないはずだけど、でも恥ずかしがり屋で素直じゃないプロデューサーは本心はどうあれ本当に終わらせてしまいかねないから。 
  
 「…………駄目か?」 
7:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:08:38.42 ID:nJ12rVXd0
  言いながら、頬が少し熱くなる。 
  まるで漫画みたい。これまでは物語の中で描いていたみたいなやり取り。これまでは物語の中で言わせていたような台詞。これまではやってみたいだけ、言いたいだけだったことを、こうして現実自分で実現させて。 
  全部晒した。何も隠さずだらけきった私も。アイドルとしてまっすぐ前を向いて走る私も。全部見せた。だから叶えられる。全部を見せたプロデューサーの前でだけの……自信が持てずに照れて足踏むよりも、それよりも大きくなったこんな素直な私さえ。なりたい私。やりたい私も。 
  頬は、熱くなるけれど。胸はドキドキ高鳴って、息も荒くなるけれど。 
  
8:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:09:53.63 ID:nJ12rVXd0
  ソファの肘掛けに顔を押し当ててぐりぐり。 
  言いたいことを言う。やりたいことをやる。ようやくできるようになったそれらも、でも今はまだできるだけ。様にはならない背伸びの現実。 
  もちろんそんなことは自覚していたけれど、それを実際指摘されるとどうにもこうにも恥ずかしい。むずむずするというか、なんというか。 
  入れ知恵されてからこっそり憧れていたシチュエーションを叶え攻勢に出ていたはずが、冷静に見抜かれ、言葉にして指摘され、なんだかちょっと悔しくなって倒れ込んだ。 
  ……まあそれはすぐ、倒れ込むその瞬間に霧散してしまったけれど。顔を伏せてからのぐりぐりは悔しさのためじゃなく愛おしさのためだけど。倒れ込む瞬間、プロデューサーが照れた顔をしているのが見えたから。 
9:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:10:35.04 ID:nJ12rVXd0
  ほらほら。 
  身体を起こして座り直し、少し傾いていた眼鏡の位置を整えながらばしばし、と太ももを叩く。 
  たぶん今もまだちゃんとは抑えきれていないんだろうけど、でもまあ少しは引き締められたはずの……と、思う、顔を上げて。 
  改めて確かめてみれば、やっぱり微かに顔を緩ませていたプロデューサーへ催促を。 
  
10:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:11:23.15 ID:nJ12rVXd0
  ドライに、とか事務的に、とか。そんなのきっと冗談なのは分かっているけど。でもそれに悲しくなって。苦しくなって。……無いとは確信していても普段から時々頭に過る、綺麗で可愛い女の人がたくさん行き交うこの事務所の中に居るとどうしても考えてしまうことのある嫌な想像を言葉にされて、ついむっとしてしまった。 
  分かっていること。分かられていること。本音を思わず漏らしてしまう。 
  
 「あーまあ……そうだな、それじゃあその、分かった。言うから」 
  
11:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:11:59.75 ID:nJ12rVXd0
 「……ん、ここでいいのか?」 
 「はいっス。あと手」 
 「手?」 
 「ん……ほら」 
 「……握るの?」 
12:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:12:44.30 ID:nJ12rVXd0
 「……」 
 「……」 
 「…………比奈」 
 「……はい?」 
 「いいか?」 
13:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:13:31.27 ID:nJ12rVXd0
 「……愛してる」 
 「比奈となら絶対に居続けられる。一緒に居られる。一緒に居たい。比奈と俺とで同じ道を添い遂げたい。そう心から思える。それを心から誓えるくらい、愛してるんだ」 
 「大好きだよ。他の誰よりも、何よりも、比奈のことが。俺の大事なアイドルで、俺の大切な女性である貴女が。荒木比奈、貴女のことが」 
 「だから。……だからどうか叶えてほしい。俺のこの愛を。比奈もまた、同じ愛を抱いてくれているのなら」 
 「結婚してください。……貴女を、愛しています」 
14:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:14:10.08 ID:nJ12rVXd0
 「……はい。喜んで」 
  
  身体を倒す。 
  委ねるようにプロデューサーのほうへ倒れ込む。受け止めてくれた胸元へ顔を埋め、片方の腕を背に回され抱き締められる。 
  ドキドキ胸を高鳴らせながら、ドキドキ高鳴る胸の音を聴く。熱くなった身体、熱くなった手で中に抱いたプロデューサーを握って弄り、熱くなった手のひらの感触を背中に感じる。 
15:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:14:59.50 ID:nJ12rVXd0
  一瞬プロデューサーが強張って、でもすぐ柔く溶けて受け入れてくれた。拒んだり指摘しないでいてくれた。私の言葉を遮らず、ちゃんと聞いて受け取ってくれた。 
  今はまだ建前無しで応えられない私のことを、でもちゃんとこうして応えてくれた。 
  ぽかぽか、と嬉しくなる。これまで何度も繰り返してきた、きっとこれからも繰り返す、いつか本当になるプロポーズ。それにとても。とってもとっても。 
  
 「……プロデューサー」 
16:名無しNIPPER[sage saga]
2020/03/30(月) 23:23:33.85 ID:nJ12rVXd0
 以上になります。 
17:名無しNIPPER[sage]
2020/03/31(火) 09:53:33.99 ID:o+eXsZ4d0
 甘い 
18:名無しNIPPER[sage]
2020/04/02(木) 22:30:04.10 ID:lt9zagcno
 なんか凄まじく甘ったるいssだったぜ 
 乙 
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