樋口円香「天国とは程遠く、地獄と呼ぶには温かで」
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6: ◆TOYOUsnVr.[saga]
2020/04/13(月) 20:32:45.72 ID:HUVzNnIg0



 オーデションが行われる建物へ入り、待機場所として、いくつかある部屋の中の一つに通される。

 そこでは、同じオーディションを受けるのであろう女の子たちが控えていて、思い思いの形で時間を使っていた。


 耳に届いてくる会話は、大概が不安の色を孕んでいて、私まで胸がぎゅうっとしてしまう。

 はぁ、と不安を息に乗せて吐き出して、隣のプロデューサーに視線を移す。


「なんか、いつかを思い出しますね」

「なんか、いつかを思い出すな」


 声が重なって、互いに鼻から間抜けな息が漏れる。


「あなたも、そう思いますか」

「ああ」

「みんな、みんな、うんざりするくらい一回一回に全力で」

「うん」

「結果の通知なんて、何日も先なのに、勝手に自己評価して、絶望して」

「……うん」

「暑苦しい世界ですよね」

「……でも、この世界のこと円香、案外気に入ってるんだろ」

「…………俺は分かってる、とでも言いたげな顔ですね。端的に言ってムカつきます」

「それは失礼」


 つい数時間前に、事務所で緊張をあらわにしていた男と同一人物だとは思えないほどに、彼はけろりとしている。

 この段になって、ようやく、この男は私のために緊張を演じていたのだ、と悟った。



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