黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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19:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 19:56:49.02 ID:fM9nM/xA0
「悪くなかった。従者としてお嬢さまと共にある自分以外の自分ができることも、偏屈で、他人が嫌うような私にわざわざ関わりを持とうとした変わり者に囲まれることも。いつしかそう思うようになって……私の中にはもう一つの価値が生まれてしまった」

 舞台の上では主人であるちとせと対等の存在として肩を並べる、ヴェルベット・ローズとしての白雪千夜。年少組に囲まれて、困惑しながらも小さな彼女たちの面倒を見る白雪千夜。この事務所に来てから彼女の中に生まれたものを、彼女が価値と言い換えていたそれを数えていけば、枚挙に暇がないだろう。
 価値。定量化できるもの。換算できるもの。

 俺は、この言葉がどうにも苦手だった。特に、人間に対してそれを使うのは。
 例えばパンを一個だけ焼ける人間がいる。そして、その隣にそいつがパンを一個焼くだけの時間で、三個焼き上げられる人間がいる。
 価値を生産性として定量化してしまえば、パンを一個しか焼けない人間は、三個焼ける人間と比べて劣っている。無価値である。そんな風に定められてしまう。

 こんな業界に身を置いていれば、嫌でもそういう言葉を聞くことになる。アイドルには賞味期限があって、それを過ぎれば価値を失って消えていく。そしてそれ以前に、アイドルになる価値がないと判断された人間は舞台に登るまでもなく無価値の烙印を押されて、この業界から消えていく。
 これがもし、御伽噺であるのなら、そこでピリオドが打たれて終わりなのだろう。バッドエンドとして締めくくられて、次の別な物語へと続いていく。
 だけど、消えたといわれる人間は、今も生きているかもしれないんだ。そこに、無価値という烙印を押すことがどれだけ重いかわからないまま金勘定で動かされ、価値という言葉を使うことが憚られるなら生産性でも何でもいい、欺瞞のラベルを貼って、ピリオドが打たれたことにして、今もこの星は回っている。


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