黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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20:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 19:58:20.50 ID:fM9nM/xA0
「……私は。生きたい。私として、お嬢さまと生きたいんだ。少しでも長く、お嬢さまと……舞台に立って、共にありたいと、その為の価値を、自分に求めている。おかしいだろう、お前を散々夢想家だなんだと笑ってきた私がこの有様だ、何よりもそれを最上位に置いているんだ。ここでの日々は悪くない。変わり者だと今でも思う時はあるけれど、私に接してくれた人間を無碍にすることはできない。ただ……そこにお嬢さまがいなければ、私は」

 笑ってくれ。自嘲する千夜の瞳からは、絶え間なく涙が注いでいた。
 注ぐ。空には満天の星々が輝いているのに、ここだけが地球から切り離されて、雨が降り注いでいる。

「千夜」
「……お前」
「それは多分、願いだよ」

 笑ってほしいのはこっちの方だ。盾とか騎士とか魔法使いとか、そんな聞こえのいい言葉で飾られたって、俺は結局、そんな雨を最低限だけ受け止める、安物のビニール傘にすらなることができないでいるのだから。
 震える両肩にそっと置いた右手に、何の意味があるだろう。きっと彼女に未来を、新しい過去の総和を与えたのは俺じゃなくて、それぞれの事情を抱えてこの事務所に集まったアイドルたちなのに、まるでその代表者みたいな顔をすることの、なんて滑稽なことか。
 ただ、それでも。それが価値で換算することのできない願いだということだけは、伝えたかった。その一心だった。
 願い。叶うかどうかもわからない、未来に託す期待とか祈りとか、そういうもの。
 大丈夫だよ、と、簡単に言えたなら、そして本当にその通り全部が全部大丈夫になったらと、そう思わずにはいられない。それでも、そうはならないと知っている。
 俺は悲観主義者じゃないけれど、願いの全部が明日に通じていたらきっとこの世界は平和で、億万長者や天才で溢れているはずだ。だからそうはなっていないし、買った宝くじだって外れ続けている。
 そして、叶わない確率の方が圧倒的に高い願いを、それでも願わずにいられないなら、明日に託して、いや、その明日がいつも通りに訪れることにすら祈りが必要なら。
 千夜が噛み締めた薄い唇から、紅い雫が重力に引かれて落ちる。ちとせの瞳とよく似た紅。そして今もちとせからこぼれ落ち続けているのと同じ透明な血液が、両眼から止めどなくあふれ出している。


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