黒埼ちとせ「メメント・ウィッシュ」
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27:名無しNIPPER[sage saga]
2020/06/11(木) 20:05:14.08 ID:fM9nM/xA0
 それでも、彼は逆上しなかった。ちとせの言葉が、何か心火の炉に薪をくべたかのように撮影は異例の延長という措置を執られて、結果として彼女の宣材写真は非常に挑発的で蠱惑的、しかしまだあどけない少女の面影を残した笑顔を見事に映した一枚に仕上がったのだ。
 まるで、ちとせの言葉によって、初めからそう仕向けられていたかのように。
 魅入られている。十時さんのプロデューサーが俺に放った言葉が脳裏をよぎる。

 ちとせのルーツがルーマニアのブカレストにあると聞いたのは、あの桜の下でのことだった。
 吸血鬼の末裔。ちとせはどこか冗談めかして自分の出自をそう要約したが、残念なことにそれが本当か嘘かは確かめようがない。ドラキュラの烙印を押されて後の吸血鬼のモデルになったヴラド・ツェペシュはもう死んでいるし、彼の、直系の末裔がどうなったかについては、残念ながら断絶したとの見方が強い。
 それでも彼の末裔を名乗る人間は世界に何人かいるし、ひょっとすればそれが真実で、ちとせの言葉も本当なのかもしれない。ただ。
 重要なのはちとせの先祖が誰で何かという話じゃない。問題は。

「君には不思議な力があるのかもしれない。現に俺は君に魅入られていたとしか言い様がないし、カメラマンは君の言葉に焚き付けられて逆上するんじゃなくて、最高の一枚を仕上げてくれた」

 言葉には力がある。オカルトかもしれない。ただ、人が言霊と呼ぶそれが呼び起こしたとしか思えない偶然というのはこの世を探せばきっと、どこにでも転がっている。

「もしかしたら君はいつも、そうあれかしと願って、喋ってるんじゃないかと、そう思うんだ」

 妙な話だ。仮にも神に仇なすものとして定義づけられた吸血鬼の末裔が神に祈りを捧げながら言葉を喋っているなんて、ライオンが趣味で家庭菜園を作っていますというぐらいには荒唐無稽で、多分ちとせが起きていたら、腹を抱えてけらけらと笑っていたことだろう。
 無論、そうなって欲しいと思っていた。俺のくだらない言葉で長い眠りから覚めて、いつものようにまた悪戯っぽくちとせがけらけらと笑い続ける。
 だが、ここに言霊はいなかったようだ。それでも、構うものかとばかりに、俺は二人いるはずなのに一人きりの病室で淡々と言葉を紡ぎ続けた。


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