19: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/08/27(木) 00:02:32.27 ID:b25Vyfuyo
◇
次に目を覚ましたのは石畳の上だった。俺と酒井は一緒のエリアで伸びていたようだ。
突然のことで全身が重い石になってしまったようで、ぐったりしながらだがなんとか体を起こす。やけに周りが騒音だらけだなと不審に思いながらも、それでも優先すべきはこちらだろうと感じ、瞼を閉じた酒井の肩をとんとん叩いて起こしてやる。
短く唸ったあと、何度か瞬きをして彼は目を覚まし、頭を掻きながら起きた。一瞬何が起きたか分からないようにきょとんとしたが、すぐに何かを察した様子で俺に話しかけてくる。
「あ……えっと、ここって」
「さあな。俺は知らないが」
一言答えると、それは聞こえてきた。
………ばしゃーーんっ!
水の音がした。先程聞いたのと同じ音だ。でも随分遠くの方だ、と見回しても何も見えないが、きっと奥の方にウォータースライダーがあるのだろうとなんとなくぼんやり思う。
俺達のいるところから左手にはいくつかの遊具?……そして空を裂く、大きな船が2隻ちらちらと見える……さっき見せてもらった中にあった気がする、あれがフライングパイレーツか。
その前をごぅっと鋭く風を切って弾丸のようにレールを伝うのは、サイクロン。見るだけで名前が出てくるのは、直前に見ていたせいで……ん?
まさか。
見渡せば周りには幸せそうな笑顔を浮かべた人々がたくさんいるじゃないか。
もしかして、いやもしかしなくとも。ああ、そうか。ここが、ここがそうなのか。
「としまえん!」
見れば目の前で大きな木馬が回転している。
その名も『カルーセルエルドラド』───『カルーセル』が回転木馬(メリーゴーラウンド)で、『エルドラド』は黄金郷……英語とスペイン語だ。世界最古級とされる回転木馬で、なんでもその製造は1906年、座席の木馬はすべて手掘りで作られており全頭顔が違う。ちなみに、馬だけではない、豚もいる。(豚は幸運の証だとかなんとか……)
100年以上前に作られたものとは思えない精巧さと重厚さと、そしてきらびやかな光を身に纏った馬達は誇り高く天を突く。溢れ出る笑顔、自然と俺も乗りたい気持ちになってくる。
「そこにいたのかよ」
短い声がした。そちらを向けばエルドラド広場の中央部分、酒井がひとりの男と対峙しているじゃないか。いつのまに、いや、はじめからここにいたのかもしれない。
そいつは……ああ、そうだ、俺かもしれないし、俺じゃない。夏を楽しんで、夢を忘れたくなくて、そこに漂う夏の概念だ。
としまえんを愛してやまなかった男だ。
「……? あれ?酒井?なんで」
ここにいるの、という疑問符を待たずして、拳が飛ぶ。それは1年、幻想の中に囚われていた男への叱咤激励なのだろう。大柄の男のよろめく姿は割と見ていて画になる気がして、思いがけず目を細める。勢い余って尻もち付いた平子には、心配の声も、同情の言葉もかけなかった。
苛立ちはさらに募るのか酒井の視線はさらに鋭くなり、夏真っ盛りを楽しむ平子に怒りの鉄拳を更に振るおうかと言うところである。舌打ちまで聞こえてきた。
……あ、前言撤回。これなんかしらの意味あるグーパンじゃなくて、単純にクソムカついてるから手ぇ出してるだけだわ。こいつがひとりで浮かれ気分で、なんならちょっと肌が焦げるくらい楽しんじゃってるとこが心底ムカついて仕方がないだけだわ。
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