50: ◆.6GznXWe75C2[saga]
2021/09/03(金) 18:09:22.87 ID:YbM8yKa9O
 「じゃあ比企谷くん。乾杯」 
 「……乾杯」 
  
  キン、とグラス同士が小気味よい音を鳴らす。 
  カラン、と氷が崩れる音。 
   
  酒の味はわからないが、不味くはなかった。 
   
 「煙草、大丈夫ですか?」 
 「大丈夫、お偉いさんとの席で慣れてるよ」 
 「なら失礼します」 
  
  箱から煙草を一本取り出し、百円ライターで火を点ける。こういう場所ならジッポライターとかの方が合うのだろうが、生憎そんな高尚なものは持っていなかった。こういう場所に来たとき用に一つは持っておくのもいいのかもしれない。 
   
 「意外だね」 
 「煙草ですか?」 
 「うん。そういうのバカにする方だと思ってた」 
 「バカにしてましたよ。何なら今でもバカにしてます」 
  
  喫煙はわざわざ高い金を払ってまで、肺を真っ黒に染める行為だ。合理的に考えればこれほどバカらしいものもない。 
   
  だが。 
   
 「何かに縋るしかなかったんだね」 
  
  また、この人は俺の心を見透かす。 
  返す言葉が見つからず、またタールまみれの煙を肺に流し込む。アルコールの効果も相まって思考がぼうっとボヤけた。 
   
 「ふぅん。じゃあさ、何かに縋るくらいに大事だった雪乃ちゃんを、どうして手放したの?」 
  
  ようやくと言うべきか、ついにと言うべきか。話は本題に足を踏み入れる。 
   
 「別に、普通の理由ですよ。ちょっとしたことですれ違って、うまくいかなくなったんです。世のカップルの大半と同じように」 
 「そういう定型文のような話を私がしたいと思う?」 
  
  用意していた言葉は脆く儚く崩れ去る。雪ノ下さんの視線は逃げようとする俺を見逃す気がなさそうだ。 
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