3:名無しNIPPER
2021/11/27(土) 20:27:38.70 ID:u50g9+A20
   
  
  彼女の見た目が、そんな考えに陥った一因であった。 
  
  深海を思わせる黒く深い長い髪の毛に、南国の砂浜のように白い肌。 
  
  際立ったコントラストは19世紀の絵画に描かれた人物のよう。 
  
  
  なによりも読んでいたのはボロボロのハードカバー。 
  
  その本は、一目見ただけでカビと古いインクの匂いを想像させた。 
  
  
  都心の芸能事務所には似つかわしくないように思えて、正直、最初は幽霊かと思った。芸能事務所に幽霊が出るって、結構定番でしょ? 
  
  でも、エレベーターの奥にある鏡には彼女の姿は反射していた。 
   
  幻覚ではなく、ちゃんと実態はあるようだ。 
  
  失礼なことを考えてしまったと、少し耳が熱くなった。 
  
  
  でも、それならどうしてエレベーターから降りてこないのだろうか。 
  
  
  道を開けるように脇に退いていた私は彼女が動くのを待ったが、そのうちにエレベーターが閉じだそうとして、私は慌てて入り口に手を置いた。 
  
  
 「降りないんですか?」 
  
 「……え?」 
  
  
  少し間を置いてから、彼女は顔を上げた。そこでやっと、本に隠れていた彼女の顔を見た。 
  
  蒼く、深い、星空色の瞳。 
  
  一瞬、彼女はぼんやりと私を見ていたが、すぐに意味を理解したようだ。「あっ……!」と小さな悲鳴をあげると、エレベーターの表示を確かめてあたふたとしだした。 
  
  
 「えっと……あの……」 
  
  
  なんだと言うのか。口をパクパクさせてから、結局なにも言わないで、おずおずとエレベーターを降りて行った。 
  
  本当になんなのか。不思議に思いながら、私はエレベーターに乗り込んだ。 
  
  閉じゆく扉をどうしてか彼女は困ったように見送った。 
  
  
  
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