927:お題>>922[saga sage]
2012/05/07(月) 18:49:26.50 ID:Vqt/pioro
「ねえねえスケベしよう!」
じりりりり。目覚ましが鳴る。夢から覚める。
僕はいつものようにそれを叩いて黙らせた。
(今日は……あいつと一緒に遊園地に行くんだっけか)
寝起きの頭でぼうっと考えあくびを一つ、改めて目覚ましの表示を確認すると待ち合わせまでもう時間がない。黙考すること約五秒。
「まいっか。あと十時間」
「なんでよ!」
枕に頭をゆだねた僕のみぞおちに、鋭い衝撃が叩き込まれた。僕はおぼげと短く悲鳴を上げる。
「うぐぐっ……なんでお前がいるんだ」
「あんたがなかなか出てこないから!」
ベッドから半分ずりおちながら見上げると、ジーンズ、ジャケットと目に入って、活発そうなショートヘアにたどり着く。怒り狂った視線が僕を突き刺していた。
「わたしが待ってるのに二度寝ってどういうことよ!」
幼馴染の怒声を聞きながら腹をさすって、ようやく声が出るようになったところで呟く。
「"お前が待ってるのに"、じゃなくて"お前が待ってるから"だよ」
二度目の悲鳴を上げる事となった。
春の日差しが暖かい。優しい光で肌を撫で、少し暑いくらいにも感じる。僕は眩しさに目を細めながらまだ引かないみぞおちの痛みに辟易としていた。
「急いでよ。時間がもったいない」
あんたが寝坊したせいだからね、と早足で遊園地の入口に向かう幼馴染を、僕は半眼で見やった。
「お前の折檻がなければもう少しは早かったと思うんだ」
「屁理屈はいらないの」
「いや屁理屈じゃないけど」
だいたい、と僕は続ける。
「そんなに時間が気になるなら一人で来ればよかったんだ。僕が朝弱いのはよく知ってるだろ」
「あんたと一緒に来るって条件で友達に入場券を譲ってもらったのよ」
僕は訝しく思って眉を寄せた。それって友達になんの得があるんだ。
「わたしだって知らないわよ」と彼女は振り向かずに言った。その時だけ若干歩きがぎこちなくなった。嘘をついたときの彼女の癖であることを僕は知っている。
遊園地に入って、さて僕たちは立ちつくした。
「……どうする?」
「どうする、って……」
呆れて僕はうめいた。
「だって。遊園地なんて初めて来たもの」
だが分からないでもない。僕たちは電車を乗り継いで賑やかな界隈に出てきた。つまり割に田舎じみた場所に住んでいるので、こういうところに慣れてない。
まあだから、話を振られたところで僕にだってどうしようもない。
「とりあえず」
と僕は視線をさまよわせて、
「あれにでも、乗ってみる?」
「つまんなかった」
観覧車から降りた彼女が言った。
「あんたってセンスないよね」
僕はむっとして口を結んだ。
「初っ端から観覧車って。こういうのって締めに載るもんじゃないの? 夕方とかにさ」
だが乗った方も乗った方だ。僕が言うと、彼女は一蹴した。
「あんたの意思を尊重してあげたのよ」
まったく。ものはいいようだ。
「しかも恋人同士の乗り物じゃない。まだ早いっつーの」
「はいはい」
僕はうんざりと手を振って――はたと気づいた。まだ早い? 彼女の方を見やると、もうこちらに背を向けて歩き始めていた。
その後もぱっとしなかった。乗るもの入る建物みんな面白くない。
きっとこいつとは相性が悪いのだ。こういう場所は本当に仲の良い者同士で来た方がいいに決まってる。
「もういいわよ」
僕を睨みあげて彼女が言い放った。
「そんなに文句タラタラなら帰って」
言い終わるや歩き去っていった。見ていると、お化け屋敷にずかずかと踏み込んでいく。
(ホラー映画とか苦手なくせに)
僕はため息をついてそちらに背を向けた。
「ねえねえ、スケベしよう」
とは、僕たちが小さい頃に、僕たちの間だけで流行った言葉だった。
僕たちなりのキスの隠語で、ちょっといやらしくしておふざけ効果を狙っていた。気恥ずかしさを紛らわせる意味もあったように思う。
僕たちはたまーに、「スケベしよう」と言ってはキスをしていた。
あの頃はあいつも結構可愛げがあった。どうしてこういやなやつになってしまったのか。
出口が見えてきた。僕はゆっくりと歩をゆるめていった。
「大人になったら結婚しようね!」
これも事あるごとに二人で言い合っていたことだった。しばらく僕は黙考して。それから踵を返した。
お化け屋敷の前まで行くとなにやら人だかりができていた。
怪訝に思って近付くと、人の会話が耳に入ってくる。
「女の子が気絶したんだって」
人の壁をかきわけ進むと果たして彼女が担架に寝かせられていた。
友達を名乗って近付くと、お化け屋敷のスタッフらしき男性が説明してくれた。
「いやえっと、わっと脅かしたらこう、ぱたりと」
つまりはそういうことらしい。
膝をついて肩をゆする。声をかける。
「おい、起きろって。人が見てるだろ」
きっと物珍しさに写メも撮られてる。ちょっとムカついた。独占欲だろうか。
ゆすってゆすって起きなくて。僕はばかばかしくなって耳元に口を近づけた。
「なあ……スケベしようや……」
幼馴染はその瞬間目をぱっと目を開くと、僕を見つめ、それから顔を赤くして僕の頬を張った。
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