986:続き[sage]
2012/06/30(土) 18:59:51.02 ID:JxPLyvzCo
「この世の中は、常に誰かに犠牲を強います。あの子の命だって、彼女の命を犠牲にした」
「知ってるよ、嫌ってほどに」
「当たり前のような平和だってそう。裏で誰かがそれを脅かし、裏方の誰かの犠牲でなんとか保たれてきた」
「……犠牲じゃ、ない。やるべきことを、やった。それだけだ」
「でも、何も一人で犠牲になることは無いでしょ。痛みは分かち合うものだろ」
再三の爆発。今こうしている間にも、誰かが犠牲になり続けている。
その痛みを黒髪の男は良く知っていた。この数年で味わい尽くした。
だがこれは違う。今痛んでいる誰かはきっと、守りたいものの為に覚悟を決めた人間では無い。
「だからって……お前が犠牲になる、理由にはならねえ」
「一人で全部背負い込もうとする馬鹿がいるんだ。仕方無いでしょう」
「これは、俺の、失敗だ。お前には、関係無い……ッ!」
無理矢理に黒髪の男は立ち上がる。
自分はとうに覚悟を決めた人間だ。全ての痛みを背負って、誰かの痛みを肩代わりすると決めたのだ。
だから邪魔はさせない。ましてこの現状は半ば自分のせいでもあるのだから、余計に。
「確かに最後にミスったようですね。それでも裏の連中がこれだけ派手に動いたんだ、チェックに変わりないでしょう」
あとは犠牲を最小限に抑えるだけ、とスーツの男は続けながら、無造作に足を振るう。
簡単に足を払われた黒髪の男は再び地面に倒れた。
それを確認し、彼も再び歩き出す。
「ヒーローなんて誰にでもなれます。――でも、あの子の父親は一人だ」
「……ッ」
「最後の仕上げくらい任せろ。娘一人残して過労死なんて笑えない」
「待、て」
「まあ、精々こんな無法者を代理に据えた自分を恨め。俺はテメエみたいな心優しい人間じゃねえんだよ」
そしてもう振り返ることは無かった。
それが唯一無二の友人を見た最後。
いつの間にか降り出していた雨も、そろそろ止みそうだった。
スーツの男性は血に塗れた両足を折って、道の真ん中に倒れこんだ。
「悪かったな、誕生日一緒に祝ってやれなくて」
すっかり戻ってしまった口調で、空の向こうへ呟く。
代理は終わりなのだから、もう口調や身嗜みに気をつける必要も無い。
「代わりに、プレゼントは奮発したから。数年分、精一杯甘えてやれ」
だいぶ静かになった。
やはり犠牲は出たけれど、それでも彼女の生きる世界はこれでまたしばらく平和であり続ける筈だ。
彼の友人がそうあれと願ってきたように。だから、これで満足しようと思う。
彼は穏やかな表情で瞼を下ろす。
1002Res/755.21 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。