22:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2011/01/19(水) 20:12:50.21 ID:IClwZiHj0
俺といーさんと井伊崩子さんは揃ってファミレスのドアをくぐる。カラリカラリと小気味の良い来客を告げる鐘が鳴った次の瞬間、いーさんが小さな声でぼそりと言った。
「……伏せるんだ」
俺は何を言われたのか分からなかった。そりゃそうだ。「伏せろ!」なんてアクション小説なんかじゃよく見かける台詞ではあったが、それは所詮フィクションの中ばかりであり、真っ当に生きてきて自分が言われる対象になるなんざ夢にも思っちゃいなかった。
けれど体はそんな俺の混乱をあっさりとシカトして地面に倒れこんだ。隣から誰かによって突き飛ばされたのだと気付くにも、それはそれで一秒弱の時間を必要とする。何が起こったかを理解するよりも早く、俺は喚いた。
「痛ってえな、コノヤロウ!! 一体、なんだってんだよ、チクショウ!!」
「敵襲です」
いつの間にか、俺を目前の何かから庇うように戯言遣いの娘が傍にしゃがんでいた。顔が近い。しかし、整ったその日本人形のような顔に俺が見とれている暇も無く正面では「物語」が始まっていた。
ぱっと身で高級なのが分かり過ぎる黒スーツを着込んだ男。そして毅然と相対する戯言遣い。二人はまるで何もなかったかのように。攻撃なんてただの冗談だったとでも言うように自然体で立っていた。
だが、いーさんの立っているすぐ脇、コンクリートで舗装された道路は夜の明度少ない視界でも分かるほど明らかに陥没している。
こんなものはここに来た時には無かった。こんな大きな穴を、きょろきょろと視点を落ち着かせずに歩いていた俺が見過ごすはずはない。
ならば、人為的。たった今、作られたクレータ。
「……やるとは思っていたけど、本当にとはね。『この場では』なんて言うから怪しいと睨んでいて正解だったな。ああ、貴方とは多分初見だよね。良かったら名前を教えてくれるかな」
「構わない。こちらも最初から名乗るつもりだった。だが、今の不意打ちが避けられたのは少し驚きだな。いや、不意打ちは予測されていては不意打ちではないか。なら、この場合は俺の予想よりも場数を踏んでいたという、それだけだ」
ソイツはスーツ姿に似合わない、鈍器を肩に掛けていた。暗くてよく分からないが野球バットのようなシルエットをしている。
「初見なのは確かだが、俺はお前を知っている。戯言遣い。この名に聞き覚えは有るか?」
野球バット(状の金属塊)を肩から地面に落ち着けた、男の足元でカラカラと音がして。
「十三銃士。第九席。式岸軋騎。二つ名は」
その音は徐々に大きくなっていく。地面に金属バットを押し付けているのだと俺は気付いたがそれで何を言えば良いのかが分からない。
注意を促すのも、素人の俺では的外れになりかねないからな。
「『街(バッドカインド)』」
ソイツがそう言った次の瞬間地面が、爆ぜた。一瞬にして視界をもくもくと白い煙が覆い隠す。だああっ、さっきから超展開の連続で付いていけてねえぞ、俺! 途中下車させろ、こんな暴走特急!
「走ります。私の背中に付いてきて下さい、キョンさん」
少女の声が耳元で聞こえるが、背中なんてどこにも有りゃしねえっつの。言っただろうが。視界は真っ白で頭も真っ白なんだよ、こっちは!
なんてボヤくよりも早く、コートの袖を引かれ無理矢理に立ち上がらされる。ああ、くそ。こうなりゃヤケだ。状況に流されるのは悲しいかな俺の十八番だって、はい、諦め完了。服を引っぱられるままに走り出すしか選択肢は許されちゃいねえ。
「ああ、チクショウ。今日、俺何回『チクショウ』って言った!?」
「そんな事一々数えていません」
「だよなあ!」
時間にして一分ほど走った所でようやく白煙の中から脱出する。振り返れば俺たちが走ってきた道すがらをずっと煙が守るように覆っていた。
逃走しながら煙幕を撒き続けた結果だろう。少女の仕業か戯言遣いの仕業かなんてのは知らん。知る由も無い。
あれ、そういや戯言遣いはどこへ行ったんだ? 前にも後ろにもその姿は見えず。余りの展開に付いて行けず置いてけ堀になったんじゃないかと俺が不安になった頃、並走する少女が直角に路地を曲がりわき道へと滑るように進入した。慌ててその姿を追う俺……の服が後ろから掴まれる。
汗が一気に冷えていく感覚。
捕まった。脳裏にクレータと化したアスファルトの映像がフラッシュバックする。ほとんど半狂乱になって俺は叫んだ。
「オイ、放せよ、テメエ!」
けれど返ってきたのは落ち着き払った男の声。
「……静かに」
「……え!? あれ!?」
「声を荒げないで。静かにしてくれないかな」
路地に入り込んだ、すぐその脇で腰を下ろしているのは誰あろう戯言遣いその人だった。
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