50:>>1[saga]
2011/03/31(木) 21:07:37.48 ID:fHikxmWh0
部室に戻った僕は、すぐに絵に戻ろうとしたのだが、ふと彼女の原稿に目がいった。
どこまで書けているのだろう? ストーリーもそろそろ終りを迎えるわけで、まだ書きかけらしいそれを、悪いとは思いつつも僕は覗き見た。
カフェオレの海に落ち、お菓子の世界に紛れ込んでしまった女の子。彼女を誘導するのは一匹のウサギ。
消えては現れ、彼女が迷うたびに姿を現す。やがて女の子はチョコレートの町並みを通って、生クリームの宮殿にたどり着く。
僕が知っているお話はここまでで、目の前の原稿はそれからの続きである。
そこでは女の子が、そのお菓子の王様ウサギと謁見するところだった。女の子は言う。
「王様。どうか、私に長い耳と尻尾をつけてください。私は、この世界にいたいんです」
お菓子の世界。そんなものがあるとして、僕はその世界にいたいだろうか?
なんだか、この女の子の発言は不自然に思えてならない。何か得体の知れない焦燥感に駆られ、胸が早鐘を打つ。
僕はそれから逃れるように、絵に没頭することにした。とりあえず、渡されている分があるんだ。
冬森さんを待つなんて造作もないことだ。僕は自分にそう言い聞かせながら、ペンを持った。
線が歪み、バースが狂う。それでも、描いている内は何も考えなくてすむように思えてきて、次第にラクガキが増えていった。
なんとなく、その方が落ち着くような気がしたからだ。
落ち着き、自分で納得のいくものが描けるようになって、どうにか一点ほど描き終わったころには、もう夕方になっていた。
暑さも昼間と比べてやや和らいで、琥珀色の日差しが教室に降り注いでいた。この分ならば明日もよく晴れるだろう。
明日は活動しないだろうから、明日もまたゾンビの頭を吹っ飛ばして喜ぶような自堕落な生活が始まることになる。
冷房もがんがんにつけてやるんだ。
「秋川君」
不意に、背後から声がした。冬森さんの声だ。どうやら気がついたらしい。
僕はどこかほっとしたような笑みを浮かべて振り向く。驚いたような、困惑したような表情の冬森さんがそこにいた。
まさか待っているとは思っていなかったのだろう。
「あの、その。ありがとうございました。倒れた、みたいで」
「いいよ。でも、気をつけないと。大丈夫?」
「はい。身体のほうはすっかり。少し、無理しすぎたみたいです」
俯いて、唇をかむようにして搾り出すような声。
単純に申し訳なく思っているんだろう、と切り捨てることはなんとなく出来なかった。
何か含みのあるような、まるでこれからのことを謝っているかのような。何とも形容しがたいものを感じた。
だからといえ、ただの僕の感覚をまさか口に出して伝えるわけにもいかず、僕は当たり障り無いところで返答した。
卑怯なのかもしれないが、僕はそう口が達者じゃない。
「ん。そっか。今日は、もう帰る?」
「そうですね。こんな時間ですし。ロクに進めることもできなくて、ごめんなさい」
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