93:84[sage]
2011/06/10(金) 23:02:37.94 ID:o7DaNwzT0
雨の降りしきる中、明かりもおぼろげな裏道を、薄汚れたローブを纏った人影が歩いていた。
ローブの陰から伸びるマズルは、彼が気高い狼獣人であると気づかせるが、そのままそこに座り込めば物を乞う浮浪者と何ら変わらない、何とも貧相な見た目であった。
狭くなっていく路地を、奥へ奥へと狼は進む。足にぶつかる放棄されたゴミに舌打ちを一つしながら、狼はさび付いたドアノブを捻り、路地裏の闇に消えていった。
黴臭い、放棄された建物独特の臭気が狼の敏感な鼻を突く。しばらくここにも来なかったなと、懐かしさを交えた溜息を付いた後、闇の中を手探りで見つけたスイッチを入れると、古びた電球に光が点った。
明るくなった部屋の隅に、うずくまった紺色の陰があった、狼が近づき、紺色の物体に付けられたタグを手に取る。
皇帝ポケモン―エンペルト―♀。注文通りの商品が届いていたことに、狼のマズルがつり上がる。このために、わざわざ雨の中を歩いてきたのだから、笑みを漏らさずにはいられない。
当のエンペルトは今は眠らされているようだが、寝姿ですら威厳をまとう姿は、まさに皇帝の名に恥じない風貌だった。
だが、その体に巻き付く鋼鉄の鎖はその威厳すら絡めとってしまう、目が覚めたところで身動き一つ取れないであろうエンペルトを見て、狼はほくそ笑みながら、整った顔を泥に濡れた足で蹴り飛ばした。
「ガハッァ・・!!」
眠っていたエンペルトの口からくぐもった声が漏れた。衝撃で歯でも折れたのだろう、口の端から赤い筋が垂れる。
叩き起こされたばかりのおぼろげな思考でも、すぐに自らに危害を加えた者の存在は確信出来た。しかし、彼女には何をすることも叶わない。流氷を斬り裂く腕のブレードすら、人為的な束縛には歯が立たなかった。
せめてもの抗いとして、雌とは思えぬ鋭い目つきで、狼を睨み付ける。折れた歯が痛むのも構わず、固く口を結びギリギリと牙をならすと、口の端から再び血が溢れた。
「やめとけって、傷が深くなるだけだぞ」
狼が、宥めるように声をかける。
口調こそ穏やかだが、ローブの内に見える不気味な笑みは悪意の塊とでも言わんばかりの形相だった。
正反対の表情を浮かべる二人が、時折瞬く古電球の光の中、しばしの間無言で向かい合う。威嚇の相を見せるにも疲れたか、無駄だと悟ったか、エンペルトは表情を戻し、今度は狼を蔑むような目つきでぼそりと呟いた。
「フン・・・私などを捕まえてどうするつもりだ?」
身動きをされなくされているというのに、随分冷静なものだ。普通のポケモンたちであれば泣きわめくかはたまた怒り散らすか、どう転んでも静かに済むものではない。
どうにせよ、落ち着かせる手間がかからないだけ、狼にとっては都合が良かった。こちらを舐めきったような表情と口調にはいささか腹も立つが、今後を想像すれば、今のこの感情すら絶好のスパイスになるだろう。
この生意気なペンギンは一体どんな反応をみせてくれるのだろうか、期待に胸を膨らませながら、狼はローブの内側からモンスターボールを取り出す。
ポンッと、小気味の良い音が部屋に響く。赤い光に包まれて、一匹のポケモンが姿を現す。
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