過去ログ - 夜叉「もうすぐ死ぬ人」
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34:JK[saga]
2012/01/12(木) 20:39:04.73 ID:DE4CuiAp0





久し振りと言葉にしようとしたが、息が詰まって言葉にはならなかった。
どうやら終わりの時間が、相当に近付いているらしい。
月夜叉は泉の斯様な様相を見て首を振り、無表情に泉の隣に腰を下ろした。

『久しいな、泉。変わりないか』

変わりないはずないだろうと、泉は痙攣しているかの如く小さくかぶりを振る。

『そうか』

感情を有していないくせに、月夜叉が残念そうな表情になった様に見えた。
死を間近にしている泉の感傷だろうか。
どちらでも構わないな、と泉は倒れ伏したまま思った。
泉の霞んだ視界ではあっても、十年ぶりに邂逅した月夜叉の姿に変わりは無い。
彼女は何も変わらなかった。
姿も、表情も、口調も。

泉と月夜叉が最後に邂逅したのは数年前だ。
死を恐れ、生に絶望していた際、
超然としている月夜叉と彼女は邂逅した。
それは単なる偶然だろう。
必然など世界には存在しないと泉は考えている。
偶然を大切にしてこそ、人生を大切に出来ると思える。

数年前、生に絶望していた泉を救ってくれたのは、月夜叉だった。
否、月夜叉自体は何もしていない。
泉が一人で悩み、一人で解決しただけだ。
悩むという行為は、既に自らの中で答えが出ているにもかかわらず、
己の臆病な躊躇によって引き起こされているだけの現象に過ぎない。
悩みが生じた瞬間、人間は必ず悩みを解決する手段も分かっているものだ。
要は手段から目を逸らすか否かだ。
それにより悩みが解消されるかどうかが決定付けられる。

月夜叉は、感情がない故に、人間の精神を姿見のように投影させる。
月夜叉と語り合うという行為は、つまり自問自答と同義なのだ。
泉はそれに気付いたからこそ、生への絶望を棄て去る事が出来たのだ。
生への絶望を棄て去った翌日、月夜叉は泉の眼前から姿を消していた。
一瞬の幻影のような月夜叉との日々だった。

月光が。

今宵は照ってはいない。

『しかし、今宵のような雪の日に何をしている』

買い物に行こうとしたんだ、と文句を言おうとしたが泉は言葉を発せられなかった。
仕方なくどうにか動く手で胸を押さえる仕種をする。
月夜叉は訝しげな表情で思念を届ける。

『胸が痛いのか、泉。
そうか。訪れてしまったのだな』

数年ぶりの月夜叉は意外なほどに饒舌だ。
泉は胸を押さえながら、何故か微笑していた。
何故、今宵、月夜叉が自分の眼前に現れたのか、理由は分からない。
夜叉としての特性が死を目前にした泉の気配を察知したのかもしれなければ、
偶さか散歩がてらに放浪している月夜叉が、数年ぶりに泉の町に来訪しただけかもしれない。


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