35:JK[saga]
2012/01/12(木) 20:39:47.28 ID:DE4CuiAp0
理由はどうでもよかった。
孤独の死は覚悟していたとはいえ、幾分か寂しいものだ。
死の寸前に古い友人と邂逅できるという事は、恐らくは幸福なのだろう。
故に泉は月夜叉が顕現する理由にこだわりはしない。
月光が。
降り注がない。
今宵は新月。月の見えぬ夜なのだから。
その為だろうか。
十年ぶりという要因もあるかもしれないが、
泉には今宵の雪夜叉がひどく穏やかで優しい天女に見えた。
実際には人を喰らう夜叉だとは分かっている。
されど、それを念頭に置いたとしても、彼女を夜叉だと考える事は出来なかった。
『死ぬのか、泉』
不意に。
穏やかに、静かに、月夜叉が呟いた。
霞む瞳で見た月夜叉の横顔は、無表情ながら何処と無く憂いを帯びている。
月夜叉の質問に頷きつつ、霧がかかったような泉の脳裏に、ひどく突飛な考えが浮かんでいた。
自分でも驚くほどに、意外な考えであった。
もしかしたら、月夜叉は他の誰よりも、生物が死ぬという現実を哀しんでいるのではないか。
感情を持たないが故に哀しみの涙は見せないが、
それでも胸の深い内、胸の奥の遠いところでは、死を哀しんでいるのではないか。
彼女は死なない。夜叉ゆえに死が訪れない。
故に死を最も悼んでいるのではないか。
非人間の非生命体ながら、人間を喰らわねば存在できぬ理不尽。
それを心の奥底では悼んでいるのではないか。
斯様な感情を表現する術を持たないだけなのではないか。
何故だかそう思う。
それは死を目前とした泉の世迷い事に近い考えだった。
されども、その仮定は強ち間違って無くも思える。
勘違いかもしれないが、傲慢かもしれないが、
自分の考えが正しいものだと泉は思いたかった。
仮定が正しいとしたら……。
今宵、恐らく、泉は果てる。
泉は死を自覚して生きてきたのだし、
死自体を拒絶するつもりは毛頭ない。
泉は、幸せだった。
外見に優れてなどいない。
病弱ゆえに高い身体能力も有していない。
虐めや差別の如き扱いも受けてきた。
寿命も幾許かしか残されていなかった。
人間の出来損ないの如き自分がひどく恨めしかった。
周囲の世間全てが歪んで見えたことすらあった。
されど、泉は、確かに、幸せだったのだ。
他人を拒絶して生きていた時分にも、泉から離れなかった友人がいた。
月夜叉という不可思議な友人も出来た。
妹も病弱な姉という迷惑な自分を受け止めてくれた。
泉には数少ないながらも皆が居た。
故に彼女は幸福だったのだ。
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