858:少年よ五百円玉を抱け 2/10 ◆1ImvWBFMVg
2012/08/01(水) 07:43:21.62 ID:idTh5FcP0
では財布まるごと行ってしまうかもしれない、などと勝手に一人盛り上がっていると、指
先があまりに現実を突きつけるような硬い感触に当たっていた。
五百円玉。それしかない。残金はきっちり五百円。何度も手繰ってみるが五百円だった。
そう。あまりにもうっかり忘れていたが、銀行にもなくまさしく素寒貧なのだ。バイトの
給料が入るまで五百円で戦わなければいけない身である。飲食業のうま味で飯ならタダで
ありつけるとはいえ、なかなか切羽詰まった状況に置かれていた。
もちろん使うわけにはいかない。だが先ほどから少女の視線が、右手に持った五百円玉
に注がれていた。
「……TSUTAYAのサービス券でいいですか」
視線だけがずっと、一点に注がれている。終始無言のままだ。
「……バ、バイト先までの電車代で」
しかしなんという曇りのない瞳だろう。ただこちらの善意のみを信じて疑わず、微笑み
待っているそんな笑顔である。しかもここが重要なポイントであるが、可愛らしい。
こんな天使のような笑顔をされたら誰だって敵わないはずだ。普段からケチで有名だった
親戚の孝子おばさんだって、嫌々財布に手をかけ掛けざるを得ないではないだろうか。
手が勝手に動いていた。握っていた五百円が募金箱の小さい穴へ落ちていくところが見
えた。遅刻は決定だろうか。
「素晴らしい。あなたはとても正しい行いを選択しました。神様もお喜びになっていますよ」
よく聞く独特の言い回し、彼女は修道院に入っている子だろうか。寂しいことに、どこ
となく一般的ではないその響きに、恋愛感情などは一ミリも感じられなかった。
「神様ではなく、あなたに喜ばれたいなぁ……」
「え?」
「いえいえ、ほんとにもう……、あはは」
笑い声にも力がなかった。ただ金がないと言うだけで、どうしてこんなにわびしい気分
になるのだろう。気分は真っ暗闇だった。
「わたしにですか? 喜んでいるに決まっているじゃないですか。多少時間はかかったけ
ど、こんなにいい人を見つけられたのですから」
いちいち大仰な言い回しである。可笑しくなった。そしてそう言うと少女はまた天上の
授かり物のような笑顔を見せた。まるでほんとうに光が差しているかのようではないか。
気のせいか、輪っかや羽のような物まで見える。
いやはや世の中にはこんな少女がいるのだ。まだまだ捨てた物ではない。そんな風に溜飲
を下げようとしていた時だった。少女が聞き慣れない言語をつぶやいた。
「※※※※※※※※」
「え……?」
「※※※※※※※※※※※※※※※※」
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