過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)
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976:その命、尽きるとき(お題:女神) 9/10 ◆AWMsiz.p/TuP
2012/08/12(日) 23:31:37.35 ID:j3F87tL90
 近頃の運動不足も相まって、心臓が悲鳴を上げていた。自転車も油が乾ききっているようで、僕と同じようにきいきいと嫌な音を立て
ている。勢いよくカーブを曲がったせいで、散歩中の野良猫を轢きそうになった。振り返ることなく、ごめん、と心の中で呟く。柴田め
ぐみの家まであと少しだ。ふと、公園に目がいった。通り過ぎる間際、見慣れた白と茶色が視界の端に映った。僕は慌てて、ブレーキを
引いた。自転車が金切り声を上げる。振り返ると、公園のベンチに茂さんが一人で小さく座っていた。
「茂さんっ」
 首を持ち上げるのも面倒だ、という動きで顔を上げると、茂さんは目を見開いた。
「坊主? なんでここに?」
 僕は茂さんを睨んだ。言葉は発しなかった。というよりも息が上がりすぎてしゃべれなかった。
「……お見通しっちゅうわけか」茂さんが観念したように、ポケットから果物ナイフを取り出した。剥き出しの刃が、太陽の光を反射し
て鈍く光った。血で汚れていないことに、ほっとした。
「柴田めぐみとはもう?」僕はぜえぜえ言いながら、茂さんの隣に座りながらいった。
「ちらっとな。遠くから見ただけだ。まだ会っていない」
 じわじわと太陽の光が僕等を照らした。身体の内側にある水分を奪うような暑さだ。なんとなく、茂さんは望んでそこにいるような気がした。
「坊主はわしがなんで彼女を殺そうとしたと思う?」
「亡くなった奥さんに対する謝罪のためだと思っています」
「普通は、そう考えるわな」
「だったらなぜですか?」
 茂さんは煙草を取り出して、ライターで火をつけようとしたが、途中で止めた。煙草をソフトケースに戻す。
「わしはな。たまに家で生前の咲子の服を着ている」
 あまりに突拍子も無い話で、僕は言葉を失った。なにを言い出したんだ。この人は。
「気が違ったように思うだろう。だけど、別に女装趣味ってわけじゃあない。そうしていると、生前の咲子がわしの中に宿るような、
そんな妙な安心感があるんだ」
 僕は黙って話を聞いた。蝉の声も、風の音も、少し遠くで遊ぶ子供たちのはしゃぎ声も、今は凄く遠くに感じた。
「わしが自分の死に際が近いと感じたとき、わしは不安と同時に、ふと咲子はどんな気持ちで死んでいったのかが気になった。だからわしは
事故以来始めて、妻の死んだ場所に行った。それまで、ずっとスナック『銀河』には近づかないようにしていたからな。万が一にも、柴田
めぐみには会わないようにと誓っていた。それが妻への最大限の謝罪のつもりだった。行ってみると、事故現場に花が添えられておった。
なんとなく柴田めぐみだと思った。そこで焼きが回ったわしが思いついたのが、柴田めぐみの殺害さ。柴田めぐみを殺せば、あの時の咲子
の気持ちがわかるんじゃあないか、と思った。わしの中に、咲子が宿るんじゃあないかと、そう思った。冷静になって考えれば、なぜそん
なことを考えていたのかもわからんほど、馬鹿げた話だ。だけど、あの時は、それが唯一の救いのように感じた。ついさっき実際に柴田め
ぐみを見て感じたよ。彼女を[ピーーー]ほどの理由がわしにはない。そうである以上、咲子の気持ちは一生わからない。漸く気が付いた」
「それでよかったんだと思います。殺意なんて何も生みません。例えどんな理由があったとしても」


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