過去ログ - ほむら「この話に最初からハッピーエンドなんて、ない」
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37:以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします[saga]
2012/02/29(水) 20:54:33.34 ID:fRW4icTG0




『――嘘吐き』


美国織莉子にとって、父とは世界の大部分を占める存在だった。
織莉子といえば美国久臣議員の愛娘であり、美国家の息女というのが世間一般の認識だ。
そのことについて織莉子自身、当然と受け止め、周囲の期待を一身に受け、
文武にも社交にも妥協せず、努力を怠ることなく結果を残し、そうして賛辞を浴びてきた。
私が失態を犯すことは、そのまま美国の名を穢し、お父様に恥を掻かせることになる。
それは、あってはならないことだ。
織莉子にとっては、父の笑顔と喜ぶ姿が、至上の幸福だった。

織莉子の父は、理想に燃える政治家である。
国をより良く。その第一歩として、まずこの街からより良い暮らしへというのが、彼の口癖だった。
織莉子の物心が付いた頃には、既に街宣車で演説を行う父の姿が記憶にあった。
幼い織莉子に、政治や国の仕組みといった難しい事情は分からなかったが、
父が人々の為に日夜頑張っている、というのはその精力的な活動振りから、言葉にせずとも伝わった。
お父上は才覚に恵まれた、近年稀に見るほどの傑物である――。
自宅を訪れた、父の客人である恰幅のいい紳士が、織莉子に笑いかけながら、そう教えてくれた。
それを聞いた織莉子は、父はずっと年上の偉い人にも褒められるくらい、立派な人なんだ、と子供心に思った。
そんな周りの誰からも認められる父のことを、織莉子はいつからか尊敬していた。
素晴らしい父の下に生を受け、社会的にも経済的にも何不自由なく、自身もまた周囲の人間の賞賛と羨望に包まれた日常。
織莉子の人生は、順風満帆であるかに見えた。

風向きが怪しくなったのは、少し前だったか。
数日振りに帰宅した父親の顔色は、蒼褪めたという表現を通り越して、病的に白かった。
何処かお身体を悪くされたのですか? ……心配そうに顔を覗き込む織莉子に対し父は、大丈夫だ、と短く告げるのみだった。
事務所の一つが、家宅捜索を受けたという報が織莉子の耳に届いたのは、それから遅れること半日だ。
その時から、父は酷く草臥れた暗い顔ばかりをする様になり、また警察に事情聴取を受け、家を空けることも度々あった。
やがて織莉子の父は部屋に籠もる様になり、塞ぎ込み、誰とも顔を合わせなくなっていった。

織莉子もそんな父の苦悩に心を痛めていた、ある日のこと。
夕方、帰宅してリビングに顔を出すと、珍しく晴れやかな表情をした父が居たのだ。
これまでの、苦渋に満ちた面持ちとは比べ物にならない、穏やかで優しい、織莉子がよく知る父の顔だった。
久し振りに父と顔を合わせて、一緒に食事を摂る。
合間に、二言三言と言葉を交わす、団欒の一時。
あぁ、お父様を悩ませていた心労の種は取り除かれたのだ、もう塞ぎ込んだ様子を見なくてもいいのだ。
笑顔を浮かべて会話に応じてくれる父の姿に、織莉子は安堵の胸を撫で下ろした。


――翌朝、織莉子の父は、自室で天井から垂れ下がっていた。


力無く、ぶらりと。
荒縄を首に括り付け脱力しきったその姿が、まるで首紐を引かれる牛馬の様に哀れで。
無言で娘を見下ろすレンズに射し込む光は無く、出来の悪いビー玉を眼窩に嵌め込んだ様で。
高潔な人格者である父の口許から、涎がだらしなく伝っているのが非現実的で。
娘にとって人生の規範たる父が、粗相をした子供の様に、床に異臭の漂う糞尿を撒き散らしているのがとても滑稽で。
その光景を、織莉子は一生涯忘れることはないだろう。

不意を衝かれる形で織莉子を襲った、父の惨たらしい死。
希望を抱いた矢先に、絶望に突き落とされる悲劇。
織莉子は目の前が真暗になるというのを、我が身を以て思い知った。
最愛の肉親を失った織莉子の悲しみは、如何ばかりであったろう。

織莉子と父に対するバッシングが既に始まっているのは、織莉子自身分かっていた。
だが、当初の織莉子は、清廉潔白な父が不正などする筈がないのだから堂々としていればいいと、そう信じていた。
陰口を叩かれ辛い思いをするのも、ほんの一時のことだと自分に言い聞かせていた。

居なくなる筈がないと、ずっとそう思っていた。
私を見捨てて、父が一人で勝手に逃げるなんて有り得ない。
父は、そんな織莉子の期待を裏切り、二度と手の届かない場所へと自分だけ逃げてしまったのだ。
……矢面に立たされる、愛娘を置き去りにして。


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