過去ログ - アンリ士郎「汝の欲す所を安価にて為せ!(キリッ」一同「へー」
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631:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/03/10(土) 21:47:12.02 ID:yheQES6i0
 あのときの予感は正しかった。
 サクラの死を目撃した瞬間、全身から血の気がひき、〈幸せはきのうまでで終わったのだ〉と考えた。
 時間がそこを境にして変質していた。目が見、耳が聴き、手が触れるものすべてが無意味になっていた。
 それはまだ続いている。おぞましいくらいに続いている。自分は生ける屍も同然だ。


 かつて犯した最悪の過ち。
 最愛の人をこの手で摘み取った取り返しのつかない過去。


 恐る恐る目を開ける。僧の前にある炉に火が燃え盛っていた。
 僧はその炎の中に、経を唱えながら、小さな木片を投げ込んでいく。そのたびに火焔が揺れ、色が変化する。
 香が堂内にたちこめていた。僧が投げた香木が燃えているのだろう。
 目の前の紅蓮の炎と読経の声、たちこめる香に私は恍惚となる。


 ──想え、火天の御口より入って心蓮花台に至って微妙の供具となる。
 ──観せよ、この花、炉中に至って宝蓮花座となる。


 僧は床に額をこすりつける。
 私も合掌したまま閉眼した。身体が内側から熱くなっていく。
 まるで僧の唱える読経の声が、耳を通じて身体の中に燃えるものを投じていくかのようだ。
 この読経がいつまでも続いて欲しい。この声と香のなかに立ちつくしている限り、身のつらさを忘れられそうだ。
 激しいリズムの音楽に身をくねらせているのと似ている。
 いやオーケストラの演じる静かな曲に身を浸しているのと同じかもしれない。
 こういう時間がいつまでも続けばいいと願ったのだ。
 読経が終わっている。僧が立って段を降り、草履をはき直した。


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