43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)[saga]
2012/05/19(土) 16:01:02.42 ID:oO9qLT0Vo
織莉子がこの写真を知ったのは小学校高学年に上がってからのことだった。正確には、この絵が飾られた父の書斎に入ったのが、と言うべきか。
と言うのも、高価な調度品で彩られたこの部屋全体の資産価値というものはかなり大きく、そこに分別のないガキンチョが入ってきて荒らし回られたら困る、というわけだ。
過去にそういった事が幾度かあったのか、幼少の子はこの部屋に入れさせてはならない、というのが美国家に古くからあるルールだった。
11歳の誕生日を迎えた日、織莉子は初めてこの部屋に入る事を許された。
母の死から8年目の夏休み、7月28日のことだった。
「ご覧、織莉子。あれが、織莉子のお母さんなんだよ」
家に、母の写真はいくつかあった。
けれど、それは「美国の家に嫁いだ女」でしかなく、織莉子の母そのものを写した写真というものはたった一枚とて存在しなかったのだ。
織莉子が初めて見る、「母」の姿。彼女がこれほど自然に笑う事が出来たのだという事実を、織莉子は知らずにいた。
「絹江は――織莉子のお母さんはね、本当に綺麗で、優しい人だったんだ。
私がみんなのために頑張れているのは、織莉子の幸せと、お母さんが天国で安らかにいられますようにって言う、二つの支えがあるからなんだよ」
その写真を正面にして、久臣は死んでいた。
酒を多飲し、首を括り、ドアノブからだらりとぶら下がって死んでいた。
弛緩した肉体は大と小の両方の便を欲しいままに垂れ流し、強烈な異臭を放っている。上等なスラックスは汚れきって見る影もない。
鬱血し紫色の風船を思わせる顔は、やはり身体の他の部位と同じくして弛み無表情を決め込んでいる。
半分だけ開いた眼は濁ってしまっているのか上を向いているのか、真っ白で何も映してはいない。
黒くなった唇の間からは顔と同じ色になった舌がだらりと垂れていて、どことなく不定形の水棲生物のような雰囲気を醸し出していた。
頸部の圧迫による酸素と血流の停滞、そんなこれ以上ないくらいに簡潔な仕組みが、美国久臣を死に至らしめていた。
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