84: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/07/17(火) 04:06:01.11 ID:yIkrPX16o
屋敷に帰った織莉子は、例によって自室でシーツに包まりベッドの上にいた。
押し寄せるのは自責の念ばかり。
ジェムを砕く瞬間、あの子は唇を微かに動かした。
死にたくない、その動きは確かにそんなセリフを言おうとした。
けれど織莉子はあの子を殺した。生きたいと思うその意思を踏みにじって。
分かっている、分かっている。あれは必要なことだった。
世界を救うために、彼女が契約し魔法少女になるという可能性の一つを潰すのに、必要な行為だった。
けれど。
あの、ジェムを砕いた瞬間のあの子の表情の変化。
苦痛に歪んだ顔が、刹那にして無表情に変わった。
強化された織莉子の知覚が、その瞬間から少女の身体が腐敗し始めたのを検知した。
死臭。
あの日、父から発せられた濃厚なものではなかったけれど、それを確かに織莉子の嗅覚は感じとっていた。
自分は、いったい何てことを――。
「ただいまー!」
暗い屋敷に、底抜けに明るい声が響いた。
あの小さな、黒い少女の声だ。
「さっすが私!仕事はパーフェクトにこなしたよ、美しいひと!死骸は決してあがらない、心配ご無用さ!
……て、あれ、おーい!どこだーい、美しいひとー!」
『……ここよ』
織莉子は美国邸の見取り図を脳内に投影すると、呉キリカの視覚に伝達した。
織莉子がいる部屋は赤丸でマーキングされ、そこに至るまでのルートは矢印で示されている。
「おお、すごい!流石は美しいひとだ!すぐに行くから、待っててね!」
実際には待つ時間などなかった。
「お待たせ―!」
数秒のちには、ドアを勢いよく開けて彼女が現れた。
「いやーやっぱり大きいね、このお屋敷は。あの見取り図がなかったら迷りきって、とっても貴重な有限の時間を浪費してしまうところだったよ」
芝居がかったその台詞は、先ほどと相も変わっていないようだ。
この少女は、いったい何者なのだろうか。恩があるとは言っていたが、それは真実なのだろうか。
それとも、あの日から自分を切り捨てた彼らのように、自分に利用価値があると見て近づいてきたのだろうか。
少なくとも客観的に見て、今の自分にそう価値があるとは思えないのだが。
織莉子はベッドの上で、猜疑に満ちた目線を送る。
織莉子は半ば人間不信に陥っていた。当然だ、今まで自分を取り巻いてきた人間たちは一切、織莉子という存在を否定しにかかってきたのだから。
一時は自分に希望を与えてくれた存在として信用しようと思ったインキュベーターにしても、結局は嘘吐きに過ぎなかった。
なにが「人々に希望を振り撒く存在」だ。結局やらされることと言えば、かつて同じ存在だった者たちの終末処理にすぎないではないか。
もう誰も信じられない。裏切られるくらいなら、誰も信じないでいるままのほうがましだ。
それが今の織莉子の現状だった。
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