過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 21:45:47.63 ID:4DOG5YTr0

こうしてわたしが水泳部に復帰して十日あまり経ち、
夏休みに入って、わたしたちの練習も一段とハードになった。
久保寺先生の事件の恐怖も少しずつ薄らぎ、邪念に惑わされることもなく、
一心不乱に、泳ぐことに集中する環境が整った。

その日は、朝からかんかん照りの強い日差しが照りつける猛暑だった。
プールサイドも鉄板のように熱く、
みんなも早く冷たいプールの中に入って、頭も躰も冷やしたいと思っていただろう。
それでも全速力で泳ぎ切ると、水の中でも熱気がこもって
不思議な感触が起こる。それもある意味、心地よかった。

が、午後2時を回った頃から、少しずつ曇り空になっていき、
太陽の光も遮られて、辺りも次第に暗くなってきた。
今日は夕立の危険があるとは天気予報でも言ってなかったが、
雷が鳴るとプールは危険なので、練習もお開きにしなければならない。
今日はこれで最後だろうと思いつつ、飛び込んでバタフライ100mを泳ぎ始め、
60mあたりにさしかかったその時、足が急に鉛のように重たくなった。

右足が棒のように固まって動かない。
バランスを失ったわたしは、水を思い切り飲み込んでしまった。
躰がプールの底へ引かれていく錯覚に襲われる。
水泳部のわたしが溺れる、そんな馬鹿な?
いや、昔こんな体験をしたことがある。
そうだ、スイミングスクールで幼児向けの足台エリアから出て、
当時の私の身長より遙かに深い、1m20cm近くもある
本来のプールの深さの部分に、初めて足を踏み入れた時のことだ。
足が付かない、深い底に引きずり込まれていくような恐怖。
あの時は先生がすぐに助けてくれたが、今とは事情がまるで違う。

ふと、わたしは死の恐怖に戦慄した。
これが災厄なの?
わたしはこんなところで死んじゃうの?
泳ぎの得意な自分が溺れ死ぬという、
普段だったら絶対に起こりえないないような事故が起きる。
それが3年3組には、立て続けに起こるのだから充分あり得る。
必死に抗おうとするも空しく、わたしは水の底へと引き込まれていった。

意識が戻った。目の前には心配そうに顔を浮かべる後輩の顔が映る。

「先輩・・・江藤先輩!良かった・・・先生、江藤先輩が気づきました!」

そう叫んだの2年生の後輩である。
少し目元が赤いのは、安心して泣いているからだろう。
人工呼吸もしたのだろうが、この緊急時に口移しを恥ずかしがる暇なんて
なかったのだろうし。

「びっくりしたよ、突然足つって溺れたんだから」

「でも本当に無事で良かった・・・」

みんなの驚きや戸惑いは、やがて安堵の声に変わった。
わたしは危うく、久保寺先生と同じく『七月の死者』になるところだった。
九死に一生を得たが、同時にわたしは
久々に水の中の恐ろしい一面を思い出してしまった。
先生の件のトラウマとは全然違うけれど、
これからはしばらくこの恐怖を克服するのに苦労しなければならないだろう。
そう思うと、少し気が滅入ってしまった。

家に着いてしばらくして、松子からいきなり電話がかかってきた。

「悠ちゃん、綾野さんから今連絡が来たんだけど、中尾くんが・・・!」

赤沢さんといつも一緒にいる中尾君が、
海水浴でモーターボートに轢かれて死んだのだという。
事故が起きたのは今から三時間前、ちょうどわたしが溺れた時だ。

「連絡網で回ってるから、王子くんに伝えといて!」

そう言うと電話が切れてしまった。
もしかしたら、わたしもあと少しで死んでいたかもしれない・・・
今頃になって、得体の知れない恐怖が再びこみ上げてきた。



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