過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 22:09:42.54 ID:4DOG5YTr0
◆No.17 Yukito Tsujii
「まさか、君も・・・!」
合宿の集合場所である学校に着いた時、
ぼくは、なぜ彼女がそこにいたのか一瞬分からなかった。
こういう話題を最も嫌っていた君が、参加するなんて・・・
家にいても、市外に出ても死の危険からは逃れられないのはわかっている。
それでもなお、彼女がこの場にいることに対して、
まだ気持ちの整理が付くには、もう少し時間がかかりそうだった。
ぼくの父は、書斎がちょっとした資料室になっている位に本があるほどの
大の読書家であり、僕がミステリー小説にはまったのも、
子供の頃から、父の本を借りて読みふけったのが原因である。
ミステリーは面白い。どんなトリックやどんでん返しが隠されているのか、
それを探そうとする時のわくわくした探求心や、
読者の予想を良い意味で裏切る結末への驚きなど、とにかく止められない。
ぼくが好きなミステリー作家の小説の中には、
自分と同姓同名の人物が出てきたこともあり、その時の衝撃は計り知れなかった。
もっとも最後まで読むと、複雑な心境になってしまったが・・・
柿沼さんとの出会いは、おととしまで遡る。
クラスこそ違ったが、同じ図書委員として、委員会を通じて親しくなったのだ。
彼女が好きなジャンルは、芥川龍之介や太宰治といった純文学が中心。
語り口が、ぼくの好きなミステリー小説と似ているため、
ぼくも彼らの作品は嫌いじゃない。
本当を言うと、最近太宰は敬遠し始めているのだが・・・
ぼくたちは三年間通して図書委員を務めながら、
お互いに面白そうな本を探しては、読書談義に花を咲かせた。
二人が読んだ本を全て合わせると、
第一図書室の書庫の半分近くに上がるのではないだろうか?
そして3年生に上がり、初めてクラスも一緒になったぼくたちは、
今まで以上に、本を読み合うようになって会話も増えた。
だが、この頃から微妙なズレを感じるようにもなってきた。
元々好みのジャンルが違うからなのだろうか?
その違和感が、取り返しの付かないあの事件を起こしてしまった。
久保寺先生が死んだ翌日、今までの教室は当分立ち入り禁止のため、
B号館の空き教室に移された。
新しい教室になった初日、あんな事件が起きたためか、
出席したのはクラス全体のほぼ3分の1に留まった。
柿沼さんも相当落ち込んでいたらしく、ぼくは気晴らしに本を薦めたが、
これが彼女の地雷を踏むことになってしまったのである。
『ドスン!』と手を机に叩きつけて、柿沼さんが叫ぶ。
「いいかげんにして!」
三年間通して、大人しく物静かな柿沼さんが、
こんな大声で、しかも強い口調で喋ったのは初めてだ。
クラスのみんなも、一斉にぼくたちの方に視線を向ける。
「えっ・・・?柿沼さん、どうしたの?急に・・・」
「私、もうミステリーとかサスペンスとか嫌で嫌で仕方ないの!
これ以上、自分の趣味を押しつけないで!」
押しつけたつもりなんて、毛頭ないのに。
無性に腹が立ってきたぼくは、カーッとなってこう言い返した。
「君こそなんだよ!純文学が好きとか言っておいて、
最近はライトノベルとか言う、イラスト付きの小説ばかり読んでるじゃないか!
あんなの漫画と同じで、小説なんかじゃない!」
売り言葉に買い言葉。柿沼さんは怒りでわなわなと身を震わせ、
「辻井君がそんなこと言う人だったなんて・・・もう知らない!」
ぷいっと、顔を背けてしまった。
しまった。と思った時にはもう遅かった。
興奮して、肩で息をしてしたのも止まり、謝ろうと声を掛けようとしたその時、
チャイムが鳴ると同時に、三神先生がやって来たため、
ぼくは話す機会を失ってしまった。
ホームルーム後も、柿沼さんは終始目を合わせてくれず、
話を切り出せないまま、下校の時間になってしまった。
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