85:杏子編 ◆KbI4f2lr7shK[saga sage]
2013/03/08(金) 19:58:55.81 ID:+Da2g13G0
病院に入り、関係者に挨拶を返しながらマミは進んでいく。辿りついた先は人通りが殆どない高層の個室。ノックをした後、そのまま入った。
ベッドの脇にある台に見舞いの花束を置くマミ。それからベッド脇にしゃがみ込み、片手をそこに置かれた手に重ね、その手の主の顔を覗き込んだ。
あたしは後ろに並びベッドの上を覗く。
腰まで届く長い黒髪の少女。全体的に色白でやせ細っている。両腕は固定され、チューブは腹部に伸びていた。
「暁美さん、こんにちは。今日は人を連れて来たの。佐倉杏子さんよ」
マミは優しく語りかけながら、紹介するようにあたしに一度顔を向ける。少女は全く反応しない。
「ぶっきら棒を装ってるけど、本当は面倒見いいの。最初は怖いかもしれないわね。でも、きっとあなたと仲良くなれるわ」
本人を目の前に好き勝手なことを。普段なら文句の一つや二つ言うだろう。でも言えなかった。
反応がないと分かっていて、優しく語りかけるマミ。これを何年も繰り返しているという。見ているこっちが辛くなる光景だ。
「佐倉さん…少しの間、暁美さんの傍に居てもらえないかしら?」
一通り話したらしいマミは立ち上がって場を明け渡す。
「…あたしは何も言えないんだけど」
「手を握ってあげて。きっとそれだけでも彼女には伝わるから」
何が伝わるというのか…。でも確かに何もしないよりは気が紛れるだろう。
モモも手を繋いでやると泣き止んだことあったっけ。ふっと笑みが零れた。
「分かったよ」
準備された椅子を更に寄せて、ベッドの上の手を握る。細くて滑々としている手。
モモも成長したらこういう風になったんだろうか。
マミが開けた窓から風が入る。花瓶と花束を持ってマミは部屋を出て行った。
視線をベッドの上横たわる少女の顔に移す。近くで見ると整っているのが分かる。少し冷たい感じがする美人と言ったところ。
全然似ていない。それなのにモモを励起させるのは痩せ細っているからだろう。
何も言わずに眺めていると、窓の外からバイオリンの音が聞こえてきた。
一体どこから聞こえてくるのか…そのメロディをあたしはよく知っていた。
「アヴェ・マリア…か」
窓向うの蒼い空を見上げながら、呟く。
ぎこちない部分はあるが、総合的に見れば腕は良い。まさか、こんな場所で聞くとは思わなかった。
ピクリと少女の手が動いた。驚いてあたしは視線を少女に戻す。しかしそれ以上の変化は見えない。
気のせいか…そう思った時、ゆっくりと少女の瞼が開いた。
最初はぼんやりと、次第にしっかりと深い紫の瞳があたしを捉える。
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