過去ログ - ビッチ・2
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218:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/05/30(木) 22:45:19.31 ID:6lUXOLOBo

 中等部に入ってからのあたしと奈緒のコンクールの成績は対等だった。

 中学生になる前のあたしは技術的に言えば全く奈緒には敵わなかった。奈緒の指は魔法
のようだった。テンポが早く難易度の高い変拍子のアルペディオだって、まるで世界的に
有名な演奏家のように正確に弾くことができる。

 そんな奈緒とあたしの技術との間には深遠な溝が横たわっているようだった。何度練習
しても奈緒に勝てる気はしない。そのこと自体はあたしにはあまり気にならなかった。小
学生の頃は親友の奈緒と一緒にピアノのレッスンを受けられるだけで楽しかった。小学生
の部のコンクールではあたしは予選落ちの常連で、奈緒は大会入賞組でも気にならないく
らいに。

 中等部に入ったあたしは周りの無邪気な女の子たちと自分が違う人種なのだということ
を何度も繰り返して考えるようになっていた。週に何回かあたしは人形のようにパパの膝
の上で、パパのすることに耐えていた。こんな経験のある中学一年生なんてそうはいない
だろう。

 逆説的に言えばあたしは同級生たちよりも精神的に幼かったのかもしれない。あたしは
パパの行為によって自分が無理矢理脱皮させられ変化させられたような気持を抱いてはい
たけど、そのこと自体を嫌悪することはなかったのだ。むしろ、周りの子たちより一足早
く彼氏ができた気分だったのかもしれない。変化した自分に対する戸惑いはもちろんあっ
たのだけど、パパに対する嫌悪感は不思議なほど感じなかった。

 むしろそれまで無邪気に慕っていたパパは、あたしにとって恐怖であり憧れであり嫉妬
の対象として認識されるようになった。この頃からだろう。あたしのピアノが変ったのは。

 ある日、個人レッスンではなく教室でのミニ発表会が開かれた。十人ほどの選ばれた生
徒が参加していた。一人一人が他の生徒たちの前で演奏するのだ。

 奈緒の性格で綺麗な演奏のあとだけど、あたしはその日、佐々木先生の鋭い表情に気後
れすることなく集中してピアノを弾くことができた。あたしが演奏を終えるとしばらく生徒たちの
間に沈黙が広がった。

「いいね」
 佐々木先生が沈黙を破って言った。「すごくよくなった。タッチは荒いしテンポも維持
できてないけど・・・・・・。何ていうか聞かせる演奏だね。技術的には未熟なのに何でだろう
ね」

「有希ちゃん、すごいじゃん」

 奈緒が本当に嬉しそうに祝福してくれた。

「感情表現がすごくいいよ。意識してやってるんじゃないだろうけど、間合いとか詰める
ところとかがいい間隔になっているせいか、すごく感情が伝えられてる」

 佐々木先生があたしに微笑んだ。

 自分にはよくわからなかったけど、誉められるのは素直に嬉しかった。

 この頃から、あたしは奈緒と共に予選を勝ち抜くようになり、本選の結果も奈緒より上
位に立つことはなかったのだけど、優賞した奈緒の次点に常につくようになった。

 いつだったか奈緒人さんがあたしにクラッシク音楽之友の評論記事を見せてくれたこと
があった。奈緒の彼氏の前であたしはらしくもなく少し照れた。



『鈴木奈緒の演奏は中学生離れした正確でミスタッチのない演奏だが、感情表現の乏しさ
は、まるでシーケンサーによる自動演奏を聴いているかのようだ・・・・・・。同じ曲を演奏し
て第二位に入賞した太田有希は技術的には鈴木奈緒に劣っていたし改善すべき点も多いが、
演奏の感情表現に関しては彼女の方が将来に期待を持てるかもしれない』



 その記事の評価は嬉しかったことは嬉しかったのだけど、その頃のあたしは既にピアノ
よりも熱中することを見出してしまっていた。だから、自分のピアノに関してはそれほど
重きを置いていなかったし、奈緒よりもあたしを評価してくれる記事に対して感激すると
いうほどの感情は沸いてこなかった。むしろ、奈緒の演奏をもっと高めてあげたいという
気持ちの方が大きかったかもしれない。

 この頃のあたしは、パパの愛人としてパパの秘密を打ち明けられていたし、自分もパパ
のしていることのミニチュア版のようなことをしていたのだから。そのコンテストはつい
この間の夏のできごとだったけれど、あたしは中二の春には既に女帝と言われていたのだ。

 そして、その頃の自分の中では女帝としての活動の方がピアノの演奏なんかより重きを
占めるようになっていた。


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