過去ログ - ビッチ・2
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285:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/07/04(木) 23:42:10.81 ID:j39CgiDpo

 兄貴の家の最寄の駅から反対方向に明徳児童相談所はあった。あたしはこれまでこんな
施設があることすら意識していなかった。それは灰色のコンクリートの無愛想な二階建て
の施設だった。

 お父さんとお母さんと三人で児童相談所に入るとケースワーカーの女性職員があたした
ちを待ち受けていた。その女性から聞かされた話にあたしたちは呆然とした。そしてしば
らくしてあたしの心の中に激しい憎しみが沸きあがった。

 ・・・・・・あの女。少しでもあの女のことを信じて兄貴を任せた自分が許せないくらいに、
あたしは激怒した。いったい兄貴のどこが不満だっただろう。あれだけ兄貴に愛されてい
たくせに。それにたとえ何があったとしても自分の子どもを放置して男と遊び行くか。し
かも一日や二日ではない。あの女は兄貴が出張で不在なことを幸いに、五日間も子どもた
ちの食事や入浴も何もかも放棄して家に帰りすらしなかったのだ。

 近所からの通報で児童相談所の職員が家庭訪問したとき、奈緒人と奈緒はリビングの床
で抱き合ったまま意識を失って倒れていたらしい。児童相談所によって一時保護される前、
二人は入院させられた。それだけ衰弱していたのだ。入院中、それまで二人の素性を突き
止められなかった児童相談所は、警察の助けを借りて二人の保護者を特定した。

 あたしたちは必死で混乱している感情を鎮め表情に出さないように努めた。傷付き衰弱
しているだろう奈緒人と奈緒にこのうえ更に不安を感じさせてはいけない。

 しばらく児童相談所のケースワーカーから子どもたちへの接し方のアドバイスを受けた。
父さんと母さんは一生懸命その話を聞いていたけど、あたしはこのとき何を聞いたのか今
でもあまり思い出せない。正直に言うと奈緒人と奈緒の受けた心と身体の傷のことよりも、
兄貴が今どんなに想いでいるのだろうか、あたしはそれだけを考えていたのだ。

 ケースワーカーの長い話が終り、やがて一時保護されていた奈緒人と奈緒が女性の保育
士に連れられて面談室に入って来た。

 麻紀さんは奈緒を引き取ったときからあまり子どもを連れて家に顔を出さなくなったの
で、奈緒人に会うのは本当に久し振りだったし、奈緒にいたってはほぼ初対面と言ってい
い。

「ナオト君、ナオちゃん。ほらお家の人だよ」

 保育士の女性が優しい声で二人に呼びかけた。

 奈緒人と奈緒は酷く痩せて青白い顔をしていて、あたしたちを見ても表情が変わらない。
二人は保育士の女性の腕にしがみついてその後ろに姿を隠そうとしていた。

 一瞬その場にいる人はみなどうしていいかわからずに沈黙してしまった。多分、ケース
ワーカーも保育士も、あたしたちの姿を見れば子どもたちはあたしたちに駆け寄って抱き
つくと思っていたのだろう。お父さんもお母さんもどうしていいかわからないようで、二
人は途方に暮れて揃ってあたしの方を覗った。

 そのときあたしは奈緒人が保育士の手を取っていない方の手で奈緒の手を握っているこ
とに気がついた。今は周囲全てが敵に見えているだろうに、自らも傷付いているだろう幼
い奈緒人はそれでも妹を守ろうとしていたのだ。

 奈緒人の健気さに胸を突かれたあたしは、気がつけば席を立って奈緒人と奈緒の前で腰
をかがめていた。奈緒人が奈緒の手を握ったまま警戒するようあたしを見上げた。

「こんにちは奈緒人。お姉ちゃんのこと覚えてる?」

「・・・・・・唯お姉ちゃん?」

 お姉ちゃんと呼ぶように奈緒人に言い聞かせていたとき兄貴は「叔母さんじゃないの
か」と言って苦笑していたけど、麻紀さんは黙っていただけだった。でも奈緒人はあたし
のことを覚えていてお姉ちゃんと呼んでくれたのだ。

 奈緒人の無表情な顔が少し崩れた。


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