過去ログ - ビッチ・2
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303:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/07/08(月) 23:57:05.66 ID:4z1h5cCXo

 名刺を差し出そうとした太田先生の手が止まった。

「あれ。あなた、どこかでお会いしていましたっけ」

 調停の場でニ、三回顔を合わせた程度のあたしのことを彼は記憶していたようだった。
太田という名前は係長からも聞いていたけど、ありふれた名前だったからそれをあの麻紀
さんの代理人の弁護士と結び付けてなんか考えもしていなかった。あたしは密かに狼狽し
た。

 これはやりにくい。弁護士は代理人として動くだけなのであたしは麻紀さんを憎んでも
太田先生自身を憎んだことはない。法学部で学んだあたしはその程度の常識は持ち合わせ
ていた。ただプライベートで争った弁護士と一緒に仕事をすることはさすがに少し気まず
かった。何と言ってもついこの間まで必死で争っていた相手なのだから。

 それでもこれは仕事だったから、あたしは仕方なく太田先生の質問に答えた。

「兄の離婚調停の場で何回かお会いしました。あたしは訟務課知財グループの結城唯と申
します。結城博人の妹です。その節はお世話になりました」

 お世話になりましたはおかしいかもしれない。嫌味だと受け取られてしまうかもしれな
い。あたしは言ってしまってからそのことが少し気になった。

「ああ。やっぱりそうか。明徳家裁とか清原先生の事務所とかでお会いしてますね」

「はい」

「いや驚いた。結城さんの妹さんが私の担当者だとは。もしかして私が御社の顧問弁護士
だって前からご存知だったんですか」

 太田先生が微笑んで言った。言葉とは別に太田先生には驚いている様子はなく、落ち着
いた声だった。

「あたし、今年入社したばかりなんです。だから兄の調停のときはまだ大学生でした」

「そうなんですか。じゃあすごい偶然ですね」

「ええ、まあ」

 このときあたしはふと不審を覚えた。大企業から大きな案件を任される企業法務を専門
としている弁護士が、訴訟ですらない離婚調停を自ら担当して引き受けるなんてありえな
い。係長と事前に打ち合わせた際、太田先生は知財関係や会社再生が専門で実績豊富だと
聞かされていた。しかも複数の大企業からの依頼を受けていてスケジュールはいっぱいだ
そうだ。とても民事の、それも調停なんかに関わっているような時間はないはずだ。

 これは確認しておいた方がいい。プライベートはどうでもいいけど、社にとって重要な
案件を任せる以上ここは聞いておかないといけない。

「あの、太田先生は企業法務がご専門だと上司に聞かされていたんですけど」

「そうですよ」

 涼しい顔で先生が答えた。

「でも、麻紀さんの離婚調停の代理人をされてましたよね?」

「ええ。わたしは離婚関係は専門外で苦手なんですよ。それに本当はああいう案件に関わ
る時間なんかなかったんですけどね」

「じゃあ、何で・・・・・・」

「麻紀さんは亡くなった妹の親友だし、奈緒ちゃんは私の実の姪なんでね。亡くなった妹
の旦那に頼まれたらさすがに断りづらくてね」

「・・・・・・先生はもしかして怜奈さんの」

「そう。僕は鈴木怜菜の兄です」


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