過去ログ - ビッチ・2
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308:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/07/16(火) 22:49:55.45 ID:AhPKC+s4o

 そんなあたしを寛がせようとしてなのか、係長は突然自分の話を始めた。

「まあ、結城にだって言いづらい事情はあるんだろうけど。でもさ、結城は恵まれてると
思うよ。俺なんかに比べたら」

 離婚とか子育ての苦労を聞かされるのかな。あたしは少しだけ苛々した。仕事との両立
という意味では、係長には敵わないかもしれないけどあたしだって必死に子どもたちの面
倒をみた経験はある。

 でも、係長の話は意外な方向に逸れた。

「おまえは国立大学の法学部出身だろ? 成績も良かったみたいだしうちをやめても司法
の世界に行くとかだって十分に可能性があるだろ?」

 何を言い出すのだろう。訟務課にいる係長だって私大かもしれないけど法学部出身だろ
うに。

「俺なんかここを辞めたら娘と二人で路頭に迷うしかないしな」

「あたしだって係長より恵まれてるわけじゃないですよ」

「俺はさ、学生の頃は故郷の北海道で教師になりたかったんだよね」

 思い入れたっぷりに係長はそう言った。でも、別に意外な話ではない。学生のときはそ
ういう希望だってあるだろう。それなら北海道で教員採用試験を受ければ済む話だ。少な
くともうちの会社に入社できるくらいなら、地方の社会の教員にだって採用された可能性
はあったはずだ。結局は収入やステータスを考えて、教師ではなく我が社を選んだんでし
ょうに。それを青春の過ちみたいに感慨深く語られても困る。

 係長はあたしの表情からあたしの考えを理解したようだった。

「俺は君みたいに法学部じゃないしさ。驚くかもしれないけど東洋音楽大学の器楽科を出
てるんだよね」

「え」

 ではこの人は兄貴の大学の後輩なのだ。

「ちょっと自分語りしてもいい?」

 係長は言った。

「はあ」

 あたしの辞職とどんな関係があるのかはわからない。単に自分語りがしたくなっただけ
かもしれないけど、係長はあたしの辞職の意向のことは放っておいて勝手に話し始めた。

「俺、高校生の頃から音楽の先生になりたかったんだよね。それで北海道から上京して東
洋音大に入ったんだけどさ」

「はい」

「それで北海道の教員採用試験にも合格したんだ」

「じゃあ、希望どおり先生になれたのに」

「まあ、そうなんだけどさ。学生時代、俺には好きな子がいてさ」

「はあ」

 係長はいったい何を言いたいのだろう。

「大学のサークルの後輩なんだけど、家庭の事情で講義とか実技以外は全然大学に来ない
子でさ。サークルも幽霊部員だったんだよね。俺が一方的に好意を寄せていただけで、向
こうは俺のことなんか気にもしていなかったと思う」

「それが、あたしの辞職と何か関係あるんですか」

 係長にはお世話になっていたとは言え、あたしは着地点の見えない彼の自分語りに少し
だけいらいらしてそう答えた。


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