過去ログ - ビッチ・2
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309:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/07/16(火) 22:54:31.18 ID:AhPKC+s4o

「そうだね。ごめん、よく考えたら何も関係ないな」

「何ですかそれ」

 あたしは思わず呆れたせいで笑ってしまった。係長も部下を引きとめようと必死だった
のだろうか。それで考えなしに自分の後悔した過去の話を始めてしまったのか。

「悪い。たださ、俺なんかうちの会社が学部指定をしていなかったせいで何とか受かった
口だけど、君は期待されて入社したんだろ。簡単にやめるなんてもったいないじゃん」

 何だ、それは。それだけのことを言いたくて自分の教員への憧れやら彼女への未練やら
を話していたのか。そんな話を聞かされても少しも胸には響かない。

「課長は係長のことを誉めてますよ」

「そうかもな。あの人はエリートなのに俺のことなんか買いかぶりすぎだよ。音大で得た
知識なんかここでは何にも役に立たないのに」

 音大ならそうだろう。兄貴だって就職したときは結構そういう愚痴を言っていた。多分、
あの頃の兄貴は麻紀さんに弱音を吐けない分、あたしに愚痴っていたんだろうけど。一瞬、
当時馬鹿みたいに必死になって兄貴を慰めていた自分の姿が目に浮かんだ。

「あたしの兄が東洋音楽大学でしたよ。係長の先輩になりますね」

「え? そうなの」

「まあ、年齢が違うからご存じないでしょうけど。兄も今は普通に就職してますよ。まあ、
音楽に関係はある会社ですけど」

 兄貴の話をすると今でも心が少しだけ痛んだ。

「失礼だけど、お兄さんって何をされてるの」

「音楽之友社の編集者ですね。何か今はジャズ関係の雑誌の編集長みたいです」

「そうなのか。君のお兄さんが俺の先輩ねえ」

「係長は何で音楽の教師にならないで、うちなんかに就職したんですか」

 あたしは係長に聞いた。どうでもいい話ではあったけど、子どもを実家に預けてまであ
たしを引きとめようとしてくれている係長に、自分が辞める話ばかりをするのも気が引け
たからだ。

「だから今言ったように好きな子がいたからさ。その子は東京出身だし、俺が北海道に行
ってしまえばもう二度と会えないかと思ったから」

「その女の人が係長の離婚した奥さんなんですか」

「まさか。俺は就職して久し振りに彼女に連絡を取った。そしてプロポーズしたんだ」

「・・・・・・それで」

「そして振られた。自分は今育児に精一杯で恋愛とか結婚とか考えられませんって」

「育児って? 係長、まさか他人の奥さんにプロポーズしたんですか」

 あたしは驚いて言った。不倫なんか大嫌いだ。それは麻紀さんと彼女によって不幸にな
った奈緒人と奈緒のことを思い出させるから。係長に抱いていた尊敬の念が一気に揺らい
だ。

「彼女は学生時代から自分の姪の面倒をみていたんだ。お姉さんは君のお兄さんと同じで
音楽雑誌の編集者だったし」

 係長の後輩で、編集者の姉の子どもの世話をしなくてはいけない大学生。どこかで聞い
た話だ。そう、まるで玲子ちゃんのことみたいだ。

 まさか、この人は。

 まあ、でもそれを口にして確かめる気はなかった。たとえ本当だったとしても係長は玲
子ちゃんに振られたって言ってたのだし、今さら蒸し返しても仕方がない。それに音大な
ら女性だって多いだろうし、状況が似ているだけで単なる偶然かもしれない。

「どうかした?」

 急に黙り込んでしまったあたしの方を係長が当惑したように眺めた。


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