15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage]
2013/03/12(火) 20:49:01.48 ID:fz9LGbgw0
喫茶店のドアベルが鳴る。お嬢様、お嬢様。そう呼ぶ使用人の声が響く。
帰りましょう、旦那様がお待ちです。旦那様が、旦那様が。
お帰りにならないのであれば、多少強引にでも、と。黒服はそう言った。
その中に新堂は含まれていなかった。当たり前だけれど、少し寂しかった。
『すぐに行くから、外で待っていなさい』懸命に声を絞り出した。
どうせ入り口は1つしかない。裏に回ればあるだろうけれど、そんなことをしても気付く。
理解したのか、数人の黒服たちは店の外に出て立っていた。
『ごめんなさい』私はその一言を告げるのが精一杯だった。
せっかく、もっとお話ができそうだったのに。もっと、色々教えてほしかったというのに。
いいのよ、そう言っておばあさんは私の頭を優しく撫でてくれた。
あなたは、あなた。他の誰も成り得ない、たったひとりの、あなた。
お嬢さんの未来に、少しでも貢献できたなら。
ああ、オレンジジュースをまだ飲んでいませんよ。そう言ってくれて。
私はストローを軽く吸い、はじめてのオレンジジュースの味を確かめた。
柑橘系のいい香り。とっても酸っぱい。こういう飲み物なのね。
ありがとう。きっと、この事は忘れません。
本心から、そう言った。私の身体も、自然と頭を下げていた。
スカートの裾をそっと摘むのではなく、頭を下げた。心から、感謝していたから。
それでは、また。
そう言って店を出て、黒服たちに案内されるがままに車に乗り込む。
まだ軽く揺れるドアベルの音が響いている。少し錆びたような、けれど、心地良い音が。
おばあさんがドアの前に出てきて、何かを言ってくれている。
車に入れられた私にはあまり上手く聞き取れなかった。けれど、最後の一言だけは、わかった。
『さようなら』
口に残るオレンジジュースの味に、ほのかに、甘みが差した気がした。
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