過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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40: ◆2cupU1gSNo
2013/07/16(火) 19:23:13.56 ID:aapC8NGG0
「大丈夫だって、摩耶花。
この髪形もこの着崩しも私が好きでやってるんだ。
蒸し暑いのにこんな髪型じゃ蒸してしょうがないじゃん?
だからさ、あんまりホータローを責めてやるなって」
「えっ……。
うっ、うん……」
伊原が目を丸くして言葉を失う。
無理もない。
伊原よりずっと前から千反田の異変と向き合っていた俺たちでさえまだ戸惑っているのだ。
特に我が古典部の中で千反田と最も親しいのは同じ女子部員の伊原だろう。
突然の親友の異変に言葉を失うのは当たり前のことだった。
だがさすがは伊原と評するべきなのか。
すぐに丸くしていた目の端を鋭く釣り上げると、俺と里志の腕を掴んで部室の奥まで引きずった。
納得がいかない事にはとことんまで追いすがる。
まったく伊原らしい行動だった。
伊原は俺の耳元で怒気を孕んだ声を唸らせる。
「ちょっと折木……!
ちーちゃんになにをさせてるのよ……!」
まったく本当に伊原らしい。
だから俺がなにかをしたわけではないと言っているのだが。
しかし俺の口から伊原になにを言っても無駄だろう。
それが分かるくらいには俺と伊原は長い付き合いなのだ。
俺は里志にとりあえずの状況を説明させるために、軽くその肩を叩いた。
里志もそのつもりだったらしく、嫌な顔一つ見せずに伊原に説明を始めた。
「ホータローのせいじゃないよ、摩耶花。
この件に関してはホータローともちろん僕も関与していないんだ。
『ゲーム』にしたってそうさ。
なんの伏線もなく、急に千反田さんが僕たちに切り出してきたんだよ」
「そうは言ってもふくちゃん……。
ちーちゃんが自分から『ゲーム』を仕掛けるなんて……」
『ゲーム』のことは里志がメールで伝えていたらしい。
そして伊原が引っ掛かっているのもやはりその一点だったようだ。
千反田が自分から『ゲーム』の開始を切り出す。
これまでの古典部の活動を見る限り、そんな前例はなかったはずだった。
もちろん千反田の方から俺に様々な難題を吹っかけるのは日常茶飯事だが、
あれは『ゲーム』ではなく、千反田の純粋な好奇心からの『疑問』であり『お願い』だった。
つまりありえないのだ、千反田が自分から『ゲーム』を仕掛けるなんてことは。
今の恰好をするのと同じくらいに。
しかしありえないと目を逸らしているわけにもいかない。
現実にありえなかったはずのことが既に起こってしまっているのだから。
これが意味することはつまり。
「ちょっといいかー?」
いつの間にか俺たちの後ろに回っていた千反田が囁いていた。
振り返って見てみた千反田の表情は笑顔だった。
しかし普段の柔和な笑顔とは異なり、俺が初めて見る悪戯っぽい笑顔だった。
俺はこの違和感の正体を分かりかけてきている。
おそらくは里志も伊原も分かりかけてきている。
それをすぐには受け容れられないだけだった。
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