30: ◆m03zzdT6fs[saga]
2013/06/15(土) 22:16:35.85 ID:MBAzp3vzo
(しかし、名刺入れを忘れるとは思わなかった……。予備を持ってたから良かったものの、名刺交換も出来ないところだった)
よっぽど急ぎすぎていたらしい。ようやく見つけた移籍先候補だったから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、これでは社会人失格だ。
もう少しでせっかくの移籍をおじゃんにするところだった。反省しなければならない。
『……あぁ、後でちゃんと名刺入れ、回収しておかないとな』
社会人一年目のときに買った、ちっぽけなカードホルダーだ。ただ、それは自分にとって大切な思い出で、同時に自分の罪を抱く物だった。
そうして、事務所の傍まで戻ってくる。高層ビル街からは離れた、雑居ビルが立ち並ぶ場所だ。日の光が届きにくく、少し薄暗い。
ふと、なんとなく違和感を抱いた。そしてすぐにその正体を理解する。
『……ああ』
事務所に電気がついている。気が急いていたからきっと、切り忘れたのだろう。そう思った。が――。
『――茄子さん?』
人影が動いている。それに気づいた瞬間、俺は駆け出していた。となれば、答えはひとつだ。
彼女が帰ってきている。時計を見ると、午後六時二十分。もうレッスンが終わっている時間だった。当然だ、合鍵まで渡している。事務所に戻っているに決まっていた。
最悪の状態だった。なぜ落としたことに気づかなかったのか。もし殴れるものであれば、二時間前の俺を殴り倒してやりたい。
階段を一気に駆け上る。普段から走り回っているお陰で、心臓は強いはずなのに、鼓動の激しさは収まらない。そして、扉の前にたどり着くと、息を整える。ただ、すぐには整わない。
俺は、扉をゆっくりと開けた。その先には、大切な俺のアイドルの姿がある。あぁ、まだカードホルダーは見つかっていないのか。安心した、次の瞬間だった。
彼女が振り返った。その手に握られているのは、小さなカードホルダー。俺の大切な思い出と、忌まわしい過去の品。無意識のうちに、体の芯がカッと熱くなるのを感じる。
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