過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)4
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948:私たちの台所 2/6 (お題:隠し味)  ◆p4MI6fJnv2[sage saga]
2014/01/06(月) 02:12:27.83 ID:0WwRA8qdo
 私は祖母や母から、ずっと決まり事について聞かされてきたし、包丁自体も母が使って
いたから何度も目にしていた。だから私は包丁を譲り受けることが決まっても、さして何
も感じなかった。ただ、ああそういう時期が来たのだな、というふうにしか思わなかった
のだ。けれど実際にその包丁を母から受け取り包丁の柄を握りしめると、私はえも言われ
ぬ感慨に襲われた。私はほんとうに幼い頃から技術を教え込まれていたのだが、包丁を握
った瞬間に、今までの台所での情景や心象が、鋭く鮮やかに蘇ってきたのだ。


 私の教育(というか訓練に近かったが)は基本的には母が担当した。けれど祖母がまだ
健在の頃は、ときどき祖母に教えを受けることもあった。私はどちらかと言えば祖母の方
が好きだった。調理の技術や食材に対する考え方や捉え方に対してではなく、ただ祖母の
人柄が好きだったのだ。祖母は私に対してはとても優しい人だった。祖母は母を一人前と
認めていたけれど(私の訓練が始まったときから母は包丁を手にしていたから間違いない
と思う)、祖母はよく母を説教していた。そうじゃない、そうでもない。あんたはまった
く……。そのような言葉をときどき耳した。母には厳しく接していたが、一方私に対して
はとても柔和な話し方と姿勢だった。祖母の柔らかい声のトーンを聞いていると、私の気
持ちはとても安らいだ。祖母はまた、当然のことながら調理の腕も一流だった。
「食材に敬意を払いなさい。その魂に感謝しなさい」と祖母はよく口にした。私はときど
き祖母の包丁さばきを見ることがあったが、そのどれもが素晴らしく華麗だった。魚の鱗
を削ぎ落とす動作や、骨から肉を削ぐ太刀筋から野菜を断つ簡単なものまで、祖母の手は
まるで風のようだった。「食材を苦しめてはだめ。苦しめるということは食材を冒涜する
ことよ」そんな言葉も耳にした。
 祖母はまた「鮮度が命」ともよく言っていた。「食材は新鮮な物ほど良い物なの。そし
て鮮度を保つにはスピードが必要。そしてスピードを可能にするのは技術なのよ。だから
私たちは技術を磨かなければならないし、伝えなければならないの」
 私の家の台所では生きた動物をその場で解体し、調理することがよくあった。なぜなら
「鮮度が命」は絶対だからだ。だから当然動物たちを生かしておくための倉庫、というよ
りは飼育小屋のようなものがあった。その小屋からその日食べるべき物をその日のうちに
解体し調理するのだ。祖母はまた解体の包丁さばきも一流だった。できるだけ動物たちに
苦痛を与えないように配慮する心遣いや、無駄を出さないようにする意識もまた高いもの


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