過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)4
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951:私たちの台所 5/6 (お題:隠し味)  ◆p4MI6fJnv2[sage saga]
2014/01/06(月) 02:14:09.73 ID:0WwRA8qdo
した技術を伝えることはとても大事なことなの。時には味の悪い食材や味のない食材を使
わないといけないときもある。だから私たちは調理によって美味しいと感じる味を作らな
いといけないの。悪い味をどうにかして隠してしまわないといけない。私たちの技術はい
わば隠し味っていうわけ。もちろん一般的な隠し味とは意味合いが違うけど。実際のとこ
ろ、私たちはその恩恵を受けて生きている」
 私は動物の解体なんてしなければいいのにと思ったが、それを口にすることはしなかっ
た。おそらく口にしても仕方が無いということは子供ながらに感じたのだろう。



 相変わらず台所は冷え冷えとしていた。
「決まり事だから私はあなたに技術を教えたし、この包丁も渡す。けど、あなたが私やお
ばあちゃんと同じように守ることはないのよ。こんなことを言うとおばあちゃんは怒るだ
ろうけれど、もういないし。私は正直もういいんじゃないかって思ってるのよ。普通の家
庭みたいに普通の食材を買ってきて、普通に調理して、あなたがそういうふうに暮らして
も良いと思ってる。この包丁だって特別使いやすいことはないのよ。私はなんとなく使い
続けてるけど、扱いやすい物なんて他にいくらでもあるわ。だからもし、あなたが嫌なら、
もう何もかも終わりにしても良いのよ」包丁を渡すとき、母はそんなことを言った。「あ、
そうそう、もしその包丁を使うなら研いだ方がいいわよ」と適当に付け加えて。
 母が台所から姿を消した後も、私はしばらくその包丁を握っていた。それは妙に手にな
じむ包丁だった。どこか安堵している自分に気がつく。確かに使いにくそうであるし、そ
れは母が言ったように、実際に使いにくいのだろう。けれど私はそれを使おうと思った。
私はほんとうにこの包丁を初めて持ったのだろうかと疑ってしまうほど、それは私の手の
中にしっくりと収まっている。重量、重心、柄の太さ、刃先の曲線、刃境の波線、峰の力
強い線、すべての部分がいちいち私の何かに語りかけていた。
 私はこの包丁をずっと使い続けるのだろうと思った。そしておそらく、娘ができれば、
この包丁や、この技術を伝えていくのだろうと、ぼんやりと考えた。もちろん、まだまだ
先のことだろうけれど。私はとりあえず包丁を研ぐことにした。

 台所はとても静まり返っている。明け方の神秘的な光と沈黙の音が私の五感を満たして
いる。そして包丁を研ぐ音が、私の指先からテンポよく生まれている。指先や手のひらか


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