27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2013/12/05(木) 00:13:27.29 ID:My2ZDWWTo
――そこからは、なんてことのない買い物の時間だった。
普段行く機会のないらしいブティックであったり、時計屋であったり。
何故か俺の服を見立てたいと若者向けのショップに入って行ったり、ふと立ち寄った本屋で好きな本をお互いに勧めあったり。
良い香りのする屋台の食べ物を、二人で分け合ったり。
なんてことのない時間が、なんてことのない空白が、彼女の笑みによって彩られていったのであった。
……そうして過ごしていれば、背後には鮮やかな軌跡が残されていた。
それは、本来であればただの無色透明の軌跡だったものだ。
俺達は歩いている内に、いつのまにか事務所の近くにまで戻ってきてしまっていた。
どうやら街中をぐるりと回ってきてしまったらしい。
翠と話している時には気付かなかったが、周囲にはもはや我が家の庭ともいうべき慣れた景色が広がっていたのだ。
「もうすぐ、次の時間ですよね」
翠は網膜に小さく映っているであろう我が事務所を捉えると、そう訊ねてきた。
次の時間とは、考えるまでもなく俺の予定である。
この後、俺は別のアイドルのレッスンを見る事になっているのだ。
ふと気になって時計を見ると、針は丁度その時間の十数分前を指していた。
まさか、と思って彼女に振り向くと、意に介さず……何もなかったかのように、落ち着いて、それでいて普段の笑みを漏らしていた。
――そう笑う彼女の首には、一本の白いマフラーが巻かれている。
雪が降れば周囲と擬態してしまうのではないかというほどの、ふんわりとした、純白のマフラーだ。
「今日はありがとうございました。楽しかったです!」
俺の隣に居たはずの翠は少し駆け、くるりと踵を返して俺と向き合った。
白いマフラーと、彼女の長いポニーテールが宙を踊る。
「こちらこそ。あんまり話せなくて悪かったな」
大世帯だから、という言葉は言い訳にはならない。
現にそう感じてしまっているのだから、それは当然俺の過失である。
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