9:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:26:59.44 ID:y7rCDTmB0
「そうそう……実家の母にも、よく泣きながら電話してね……『もう私アイドル辞める。明日プロデューサーさんに伝える』『そう、頑張ったね』なんて……でもそういうことが何度もあったものだから、その内母も呆れてしまって……『あんた本当は全然辞める気ないでしょ』なんて言うものだから『今度こそ絶対やめうぅ!』なんて泣き喚いたりして……」
「なんかもうコントみたいっすね……」
「本当ね……」
瞳子がおかしそうに笑うので、櫂としても笑うしかない。
多分、思い切り疲れた笑いになってしまっているだろうが。
「……本当のことを言うとね……」
不意に、瞳子は懐かしむように言う。
「そういう間の悪さを、天啓のように感じたこともあったわ……」
天啓、という言葉に、櫂はドキリとする。
「もしかしたら、これは神様がまだ辞めるなって言ってくれてるんじゃないか、なんて思い込んで……でも、そんなのは自分勝手で都合のいい思い込みだったわ……そんな気持ちはその内萎えてしまって、またすぐに辞めようって思うようになっていたから……」
「……そんなもん、ですか」
「ええ……そんなものだったわ。強い意志や信念なんていつまで経っても持てなくて、すぐに挫けて、いじけて、揺らいで……」
それは、ともすれば失望を誘うような、情けない告白のはずだった。
しかし、瞳子は少しも恥じる様子がない。
苦難に満ちた過去を、何でもない思い出話のように語っていたときと同じように。
「そう……最近ね、あの頃の友達と、連絡を取り合うようになったの……」
急に、瞳子がそんなことを言い出した。
「友達って言うと……アイドルの、ですか?」
「そう……と言っても、その子たちは私が歌番組に出た頃には、もうとっくの昔にアイドルを辞めていたけれど」
「それは……なんていうか、気まずい、ですね」
また自分と重なる話で、櫂はそっと胸を押さえる。
瞳子は「ええ」と一つ頷き、
「そう、気まずかったわ……本当は、弱音や愚痴を聞いて欲しかったのだけど……そしたら、『ほら見ろ、やっぱりあんたも駄目だったじゃないか』なんて言われてしまう気がして、怖くって……そんな意地の悪いことを言う子たちじゃないって分かっていたのに、そんな風に疑ってしまう自分がまた嫌で……尚更、連絡を取れなかった。アドレスも番号も、変わっていなかったのにね」
「……あの、もしかして、なんですけど」
少しばかり嫌な予感のようなものを覚えて訊く。
「その友達と連絡を取り合うようになったのも、やっぱり……?」
「ええ……たまたまよ……」
「やっぱり……」
「携帯を変えても、ずっとその子のアドレスと番号を登録したままだったのだけれど……他の人にかけるとき、押し間違えてしまって……」
「びっくりしたでしょうね」
「ええ……わたしも、その子も。だけど、話し始めたらすぐに昔みたいに打ち解けられて……嬉しかったわ、とても」
そう言って、瞳子はまたおかしそうに笑う。
「それでね、笑ってしまうのが……向こうも、私と同じようなこと考えていたのですって」
「同じことって言うと……」
「私に連絡して、いろいろと話したいことがあったのだけれど……ずっとアイドルを続けている私に電話したら、『とっくに逃げ出した裏切り者が何の用だ』なんて軽蔑されるんじゃないかと思って、怖かったんですって……私がそんなこと言うはずないって分かっていたのに、そんな風に疑ってしまう自分がまた嫌で、尚更かけられなかったって……」
「本当に丸っきり同じですね」
「おかしいでしょう……?」
「……はい」
案外、そんなものなのだろうか。
勝手に、怖いものを自分の中で作り上げてしまって、勝手にその幻に怯えてしまって、本当は何でもないことを滑稽なほど怖がり続けて。
そんなものなのだろうか。
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