過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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12:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:10:07.98 ID:Gcj069EQ0
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オフィスビルの一フロアにある三笠 灯と橘ありすが籍を置くマネキプロダクションはアイドル業界では中堅どころとしてそこそこ名の通った事務所であった。自社ビルではないもののビル群の中で頭一つ高いビルに収まっている。
そのビルの中にはアイドルとは縁遠い企業も入っているために時として背広を着た男性と奇抜な格好をしたアイドルが同じエスカレーターに乗ることもある。最上階ボタンを押せないほど小さな女の子とその母親と同い年のOLが乗り合わせることもあり、このビル内では日々奇々怪々な光景が展開されていた。
そんな日常の中で終業を知らせる夕暮れ時、オレンジ色に全てが上塗りされるが冬場のために今はこの時間は儚い。窓から夕日の色を受け取る通路を背の高い男と背が低く髪を三つ編みで纏めた女性が並んで歩く。
「倉庫の片付けを手伝ってくれてありがとうございました、灯さん」
「いえいえ、あれぐらいはおやすいご用ですよ。ちひろさんには走り込みに付き合ってもらってますからね」
アイドルグッズの試作品や等身大ポップなどを置いておく倉庫を整理整頓してきた二人は言葉を交わしながら事務所へと戻っていく。灯の言葉にちひろは少し申し訳なさそうに、
「付き合うといっても私も手が空いてる時しか出来ませんけどね」
「それで十分ですよ。そもそも力仕事なら男がやらなきゃ」
「はははっ、灯さんはフェミニストなんですか?」
「? そうなるんですかね? 昔から力仕事が回されてくるんで自然と自分のやることなんだなって思ってるんですよ、俺の場合」
ちひろはポンと手を合わせてその片方を上げて相手の背を測ろうとする。
「本当に大きいですよね。肩幅も大きいし『男の人』って感じです」
目に見えて身長差のある……もっとも灯の背は百九十センチに届こうとしていて大体の人間と並ぶと自ずと相手を小さく見せてしまう。そんな二人は微笑み合い灯は頷く。
「この間測ったら前より一センチ伸びてましたよ」
さすがにちひろの笑顔が幾分引きつる。
「まだ大きくなるつもりなんですか? あなたは」
「プロデューサーとして成長途中で伸びしろがあるってことですかね?」
灯が笑い、それに釣られてちひろも引きつっていた笑顔が自然なものになる。そんな折に灯の笑顔に少し影が差して躊躇いがちに口を開いた。
「あの……」
灯にしては珍しく口籠もってちひろが相手の変化を敏感に感じ取る。一瞬のまばたきをして視線を改めて相手へと投じる。そして相手の発言を待つ。
「彼女は、どうしてますか?」
またしても珍しく言葉を濁して使いちひろは最初何のことを言っているのか分からなかったが人差し指を振ってみせ、自分の頭の中に入っている情報と灯の言葉を結び合わせることに成功した。
「ああ、あの子でしたら……」
そこで事務所の扉に辿り着いて会話は中途半端なところで切られる。ちひろが扉を開ける途中でその手を止めた。その様子に灯が相手の顔を覗き込んで声を掛ける。
「ちひろさん?」
ちひろは半開きにしている扉を静かに閉めて灯へと表情を廃した顔を向ける。突然の無表情に灯が出掛かった言葉を飲み込む。
「私、倉庫に忘れ物しました」
「そうなんですか? あっ、重たい物ならてつだ……」
「一人で大丈夫です」ちひろが灯の言葉を遮る形でぴしゃりと言い放つ。続けざまに「少し時間かかりますから。それと今は一つのことに集中して上げて下さい。そうだ、変なイタズラはしちゃ駄目ですからね」と口を挟ませる隙を与えずに灯の肩をポンと軽く叩いて小走りでその場から去って行った。
頭に『?』マークを浮かべる灯が事務所の扉を開いて中に入る。整然と並べられたデスクの数々は夕日に彩られて長い影を伸ばして何かの影絵になっているようだった。静かな室内に灯は少しばかりの心地よさを感じる。だが、その完全ではない静寂を揺らす吐息が聞こえてくる。
灯は自分のデスクに誰か居ることに気付く。相手は彼に気付いていない、それもそのはずで小さな少女は椅子の背もたれに身を預けて寝ているからだった。さらさらの黒髪が夕日を映して蠱惑的な光彩を放つ。コートを机の上に置いて暖房の効いた室内でタブレットPCを胸に抱えたまま、柔らかな頬をもつありすは可愛らしい寝息を立てていた。
(ありすちゃん)と心の中で相手の名前を呼ぶ。本人は嫌っているが灯は彼女の名前が純粋に好きだった。そしてこれからアイドルとして活動するのなら名前で呼ばれる機会はぐっと増えてくる。そのことを考えると今から慣らしておくべきと感じる彼であった。
そっと精巧に作られた人形のように眠るありすへと近寄る灯は相手を起こそうか考える。首を少し横に倒したまま綺麗な寝顔をしているありすを見るとどうにも起こし辛くなるがもうすぐ日が暮れることを考えれば、いやしかし……
暖房が作動している音が響き渡る室内で灯は音には出さずに唸ってみせる。そうこうしていると彼は自分の手が勝手に動いていることに気付く。
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