過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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15:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:18:20.35 ID:Gcj069EQ0
 笑う灯にありすは何故笑えるのか不思議に思いつつ自分のことを語る彼の言葉を待っていた。
「人に覚えてもらえる。……人の記憶に残るのって実はとっても大変なことなんだ。同時に素晴らしい」
「人の記憶に残る……」
 灯が言ったフレーズをありすが自然と反芻する。灯が柔らかな笑顔になって頷く。
「うん。それは小説や映画、テレビゲームや漫画でも一緒なんだけど人の記憶に根付くように残ると時間の経過なんて関係なく鮮明にリフレインされる。時として人を動かす原動力になるんだ。
 ありすちゃん、前に歌には"力"があるって言ってたでしょ?」
 その言葉にありすが深く頷く。相手の迷いない意志を見て灯は言葉に出さないも嬉しく思った。思いを知らぬうちに共有している。だから灯は次にこんな言葉を持ってきたのだった。
「歌は文化や言葉の垣根を越えられる。でも、それを届けるためにはまずは"自分"を捨てないといけない。"自分の想い"を誰かに伝えるためには自分を顧みたらいけないんだ」
「"自分"を顧みない」
 灯は少し眉根を寄せて苦い顔を相手に見せる。
「って、偉そうに言ってるけど俺自身何か出来た訳じゃないんだよね」
 ありすはその言葉を否定しようとした。そんなことありません、あなたは……なんて言葉が出てくるはずだった。しかし少女の言葉が形になる前に男はありすを見据えてまっすぐと言った。
「でも、キミの歌は俺の記憶に残っているよ」
 思いもしない言葉、思い掛けない温もり、小さな体に秘められた高鳴りは瞳からこぼれ落ちて姿を見せた。
「あっ、ありすちゃん!?」
 思い掛けないのは灯も同じで立ち上がってありすの傍らで膝をつく。決して相手のことを責めるようなことは口にしていない自信はあったが『女心』という言葉を考えると自分がまた何か失敗してしまったのではないかと慌ててしまう。
 ありすは顔を伏せて片手で相手を制してもう片方の手でとにかく拭っていく。
「違います、違うんです……」
 違うと繰り返すばかりのありすに灯は困惑するばかりだったが彼女は何とか呼吸を落ち着かせて彼にこう言った。
「続けて下さい」
「へ?」
 何のことを言われたか理解など出来ない。灯が何を続ければ良いのかと思考を走らせる。こうやってあたふたしていろという意味なのだろうか?
「――話……私の歌が記憶に残っているというのならどうなるんですか?」
 いつまで経っても話し出さない灯にありすは促す言葉を提示する。それでやっと相手が何を言っているのか分かって彼は少しだけ頭の中を整理して言葉を選んでいく。
「ありすちゃんの歌はまだ初めて会った時に聞いたものだけ。でも……いや、だからこそもっともっと聞きたいと思った。
 もっとたくさんの人に届いた時の光景を見たくなったんだ、アイドルプロデューサーとして。
 だから人に聞いてもらえられる機会を逃したくない。たとえ本当に良いものでも人に触れないと記憶には残らない。ありすちゃんの名前はね……この業界では武器になるんだ。だから使って欲しい。人の記憶に残って欲しい」
(この人、結局名前で呼んでる)と、ありすは思って止まっている涙の代わりに今度は彼のことがおかしくなって笑みがこぼれた。
 目尻に溜まった涙を払い落としながらありすは顔を上げた。彼女が見たものは自分の事を心の底から心配している灯の顔だった。彼は不安そうな顔で、
「でも、もしもありすちゃんが嫌だったら芸名ってことで……」
「プロデューサーは……」
「ん?」
 言葉を遮られて小首を傾げる男に幼い少女は少し大人びた笑みをつくり、
「プロデューサーは私がたくさんの人の記憶に残れると思いますか?」
 しばし唖然とするのは答えに迷ってではなくありすの言葉を飲み込むのに時間が掛かったためで受け止めると一も二もなく灯は言った。
「うん、ありすちゃんなら大丈夫。たくさんの人の記憶に残ってトップアイドルになれるよ」
 朗らかな笑顔にありすもつられて微笑んだ。小さな小さな蕾が恥じらうように開いてみせたのだ。誰だって嬉しくなるのは当たり前なのだが、
「あ! 初めて笑ってくれた。思った通りに可愛いよ、ありすちゃん」
 如何せんやることなすことが大味になるきらいを持つ男の言葉にありすは彼に初めて笑っている顔を見せたことに気付く。気恥ずかしさ、顔を伏せる。
「ねぇねぇ、もっと見せて。ありすちゃんの笑顔、もっと見たいよ」
 子供のように要求してくる屈託のない笑顔に向かってありすはタブレットPCに手を伸ばして筋肉痛を経て手に入れた筋力を全てそれに注ぎ込む。
「名前で呼ばないで下さい!」
 人間の死角、アゴの下から抉るように硬質プラスチックの角がめり込む。肉を越えて骨の形すら変えようとする力は大の男を見事に吹き飛ばした。顔をイチゴのように真っ赤にしたありすはぷるぷると震えて自分のしたことに気付くのは灯が失神しているのを確かめてからだった。
 そして灯は落ちていく意識の中ではっきりと思った、「まだ道は遠い」と――


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