過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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16:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:20:14.18 ID:Gcj069EQ0
 7

 橘ありすという少女がアイドルになろうとしてた。腰まで届くほどに長い黒髪は美しくハーフアップにして青く大きなリボンで留めていた。静かな力強さを持つ瞳と相反するようにぷにっとした柔らかい頬はあどけなさを見せる。
 タブレットPCを胸に抱えて理論や理念といった理(ことわり)を独自に持ち合わせてそれと共に歌が持つ目には見えない"力"を信じる少女だった。理屈の冷たさに秘められた熱い理想を抱く彼女は数日後に控えたテレビ番組のオーディションを合格すればアイドルとしてデビュー出来る。
 幼いながらスポットライトに照らされる夢のステージへと上がる様は神々しくもあった。その舞台の裏で何人の少女が涙を流すのか歓声送るファンの人々は知らない。
 ありすは白い息を吐きながら歩道を走る。片手に学生鞄を持ってもう片方の手でタブレットPCを胸に抱えてオフィスビルの中へと入っていった。エレベーターに乗って目的の階まで昇る。エレベーターホールから通路へと、更には自分が所属するマネキプロダクションの事務所へと進んだ。
 ありすは自分よりも背が高く年上の少女たちに常に気負いを感じていた。自分に出来ない自然な笑顔が眩しい、目を当てるのが辛いほどに。自分をプロデュースする体は大きいのに子供っぽい男を捜すが見つからない。あんな目立つものがあればすぐに分かるというのにありすは事務所の中で跳ねてみせた。
「お疲れ様、ありすちゃん」
 ありすが後ろから声を掛けられて振り返る。そこには髪を三つ編みに纏めた女性が立っていた。事務員をしているちひろという女性は時間が不規則な芸能業界らしい挨拶をしてありすもそれを返す。
「お疲れ様です、ちひろさん。プロデューサーはどこに居ますか? それと名前で呼ぶのは止めて下さい」
 笑顔とはほど遠い顔のありすを見てちひろは微笑む。
「ふふっ、ありすちゃんは本当に灯さんのことが好きなのね」
 ありすが自分の名前を呼ばれたことよりも『好き』という単語に強く反応する。柔らかな頬が強張って眉根を寄せるありすは反論する。
「違います。あの人は私のプロデューサーで、私は担当アイドルなんですから事務所に来たら仕事の話をするために顔を合わせないといけないだけです!」
 ちひろはありすに論破されてもにこにことして笑顔を崩す気配はない。だが、降参するように答えた。
「灯さんなら下の階の倉庫に居ると思うわよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 ありすが一礼、灯とすれ違いになった時のことを考えて自分が来たことを知らせるために学生鞄を彼のデスクに置いてそれから少し考えてタブレットPCも置いていった。階段を使って下の階へと行く。迷路を巡っている気分になってくる。その出口へと辿り着く扉を開ければ男が待っていた。
 ありすが僅かな陽の光が差し込む薄暗い室内で大きな背中を見つける。見間違うはずがない、ありすの思いが弾むのと同時に落ち着きを取り戻す。自分の知らない感覚だった。矛盾を孕んでいるようで何よりも自然なそれにありすは誰に見せるでもなく首を傾げた。
「プロデュー……」
 ありすが声を掛ける途中で男は振り返る。そしてありすは息を飲む。彼の瞳から滴が弾けたのだ。驚きの表情を浮かべる灯はありすを見ると急いで首を振って親指で擦るようにして目尻を湿らすものを拭った。
「ありすちゃん居たんだ。全然気付かなかったよ」
 取り繕う様な不自然な笑顔を見せられてありすは戸惑ってしまう。
「あの……どうされたんですか?」
 天井に届く背の棚が設置されて様々な形の段ボールが置いてある。少し埃っぽい空間で
二人は言葉を交わす。
「え? どうしたって?」
 ありすはぐっと空手を握って険しい表情を見せた。
「プロデューサーは嘘が下手です。今、泣いていたじゃないですか」
 灯の不自然な笑顔に影が差す。手に持つ文字盤がひび割れている腕時計に視線を落としてから、
「ごめん、変なところ見せちゃったね。ごめんね、格好悪い男がプロデューサーで。これじゃ、ありすちゃんを不安にさせちゃうよね? ……ごめん」
 馬鹿にされたくないものを卑下されてありすはむっとする。壊れたオーディオでもあるまいし、ごめんなんて繰り返されても気分は沈むだけで害にしかならないことを不満としてありすは相手に言葉をぶつける。
「何があったんですか? 私は別に男の人が泣いていたからって軽蔑しません。でも心配するじゃないですか! 子供扱いするつもりですか?」
 その言葉に灯は何かに気付かされるように目を大きく見開いて唇をぎゅっと結ぶ。そして目頭を押さえる仕草をして一拍、
「これ……見てもらえるかな?」
 灯が手に持っていた壊れた腕時計をありすに差し出す。ありすはそれを手に取りながら降ってくる言葉に耳を傾ける。
「キミのことを最初から子供扱いしてるつもりはなかったけど、さっきのは確かに大人のエゴだよね。キミはキミなのに」
 ありすが腕時計を観察しながら名前で呼ばれてることを思い出してそれを口に出さなかったことを一瞬だけ思考にノイズとして走らせる。ありすの手に収まる男物の腕時計は動いておらずに長針は曲がって短針は折れていた。強い衝撃が加わったことが何となくだが分かる。
「俺たちさ、病院の中庭で出会ったよね?」
 ありすの記憶に残っている情景が目の前に広がるように鮮明に思い出される。


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