過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
↓ 1- 覧 板 20
14:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:16:39.25 ID:Gcj069EQ0
6
「ありすちゃん!」
「名前でよば……」
お決まりの光景が展開されようとした。昼下がりのアイドルプロダクションにて背の高い男が少女の元まで駆け寄ろうとする。男の上げられる脚が床に置いてあった段ボールにひっかかり中に入っていたケミカルライトスティックを盛大に吹き飛ばす。その事に気付かない笑顔の男が少女の視界一杯に広がってくる。
小柄な少女にとって恐怖でしかなくありすの全身が硬直、言葉が出てこない初めての感覚に戸惑ってしまう。灯はいつも以上に子供のようにはしゃいで手に持つ紙を振るう。
「オーディションを取ってきたよ!」
固まっていたありすを解きほぐす言葉だった。ありすの瞳がまんまるに見開かれる。灯が手に持つ紙面を相手に見せる。そこには『Hallo IDOL』と書かれてあった。灯の後方では先輩プロデューサーたちが床に散らばるケミカルライトスティックを回収している。誰もが担当アイドルのデビューへと繋がる道が初めて見えた時の高翌揚感を思い出すと叱るのは後にしようと思ってのことだった。
"Hallo IDOL"とは有象無象にアイドルが輩出される今の時代に作られたテレビ番組でありアイドルが新しいアイドルを紹介してトーク。そして持ち歌発表の場としてアイドル業界の人間も見ていると噂されるメジャー番組であった。
オーディションの倍率は高く灯の今の熱気も頷ける。ありすが灯から紙を受け取ってそこに自分の名前を見つけて嬉しさたくさん、少しだけわだかまりを憶えた。
「ありすちゃんのデビューのチャンスだよ」
ありすの中でわだかまりが大きくなる。顔を上げてやっといつもの言葉が出てくる。
「だから、名前で呼ばないで下さい」
「うーん……」灯は腕を組んで眉根を寄せた顔を見せる。「駄目?」
「駄目です」
二人が顔をつき合わせる。
「でもデビューした時にフルネームが全国放送されるんだよ? 出来れば名前を呼ばれるのを少しでも慣れて欲しいんだ」
灯が困ったような顔のまま知らず知らずのうちにありすの心に揺さぶりを掛ける。だが彼女も譲れないものがあってこの場にいることを自覚する。
「私、ありすって名前が嫌いで……個性的と言えば、そうですけど」
互いに平行線を辿りそうになる重い空気を感じてか灯は相手を安心させるために微笑みを浮かべた。
「……今日は走り込みはお休みして少しお話しよう」
ありすは制服の下に体操服を着てきていることを言い出せず彼に従って応接用のテーブルに腰を掛けた。そして灯が淹れてきた紅茶を受け取って向かいに座る男を目にしながらラベンダーの香りを口に含ませた。
「えとね。何から話そう? じゃあ、橘ちゃんって呼ぶね」
「は、はい」
ここに来て灯は初めてありすのことを苗字で呼んだ。そのことに彼女は普段とは違う反応を取った。自分でも分からない心境に頭がついていかないが頷いてしまったものを撤回は出来なかった。
「そうだ。俺の名前も少し変わってるだろ? トモルって」
「え、ええ……」
ありすは「灯」と頭の中で繰り返した。年上の若い男性を名前を呼ぶ感覚に言い知れないものが生まれる。
「『火が灯る』って意味合いで名付けたんだって。俺の場合は自分の名前に疑問とか違和感を覚えなかったんだけど色んな人に『三笠 灯』を一回聞いただけで覚えてもらえたんだ。そのことに気付いたのも最近になってからなんだけどね」
50Res/84.63 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。