過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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18:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:23:14.98 ID:Gcj069EQ0
 8

 快晴、青天、好天、雲一つない抜けるような空は温かい空気を全て逃していく。放射冷却――冬は曇り空よりも晴れの日の方が寒いのはこの現象によってだった。
 一人の少女と一人の男は今岐路に立っていた。薄暗い室内は広く一点にスポットライトの明かりが当てられる。ミュージックがかかり明かりの下、舞台の上で少女が踊る。審査員が射るよう視線で見守る中、少女はたった一人で踊り歌い己を表現する。
 オーディションという品定めのために少女たちが身に付けるのは煌びやかな衣装とはかけ離れたジャージ姿だった。よくよく見ると誰のジャージも年季が入っており所々ほつれていたりもする。努力の証だった。たくさんの汗を流して時には血を滲ませてアイドルになろうと夢見る少女は現実の中で笑顔を向ける。だが、その努力は誰にも気付かれずに終わるのだった。
 その舞台袖で祈るように胸の前で手を合わせて震えている小柄な少女がいた。緊張した顔は固まって頬の柔らかさも今は見る影もない。周りにいるどの少女よりも小さく幼い。そんなありすに寄り添う大柄な男はありすの合わせている手に自分の手を重ねた。
 冷たく小さな手に暖かくて大きな手の平が被さる。正反対の手の熱が均衡を図る。灯を見上げるありすは今にも泣きそうな顔になっていた。
「落ち着いて。大丈夫……大丈夫……」
 優しく語りかける灯にありすは反発を見せてしまう。
「何を根拠に大丈夫だと言うんですか?」
「キミの素敵な歌声と歌唱力……」
 灯の指が彼女の手をノックしていく。
「キミの愛らしい顔立ちと容姿」
 一瞬何を言われているのか分からなかった。だが、ありすは相手が何かとてつもなく恥ずかしいことを言っていることに気付く。
「キミの輝かしい将来性――」
 それでも少女の不安はすっと消えて行くのだから不思議なものだった。
「――そして、橘ありすって名前は俺は大好きだから」
「名前で……っ……今日だけは、特別です……よ」
「行っておいで。俺はキミから絶対に目を離さないから」
「は、はい」
 そっと背中を押されてありすは一歩、前に歩き出した。そしたら後はすんなりと本物のスポットライトの下へと身を投じることが出来た。一礼するありすにもう震えはない、怯えも不安もどこ吹く風か見えない青空へと飛んでいったようだった。
 そして、橘ありすという少女は情感を乗せて歌い出した。他の少女よりも動きの少ないダンスは歌に集中するためだった。それでも小さな体に秘めていた大きな想いを精一杯に表したのだった。
 結果――彼女の努力は報われた。
 呆然とするありすにスポットライトが当たって周りに立っていた少女からは拍手が送られる。周りの少女たちの顔は暗くて分からないというのに舞台袖にいる自分のプロデューサーの顔ははっきりと捉えられた。自分と同じで呆然としている、何となくだが自分たちが同じ顔をしていることに互いに気付いた。
 灯の前にありすが歩み寄る。
「た、ただいま」
 少し間の抜けた発言をするありすに灯は「お帰りなさい」とこれまた間抜けな返事をする。
「あの、受かっちゃいました」
「あ、うん」
 しばしの沈黙、やっと灯は事態を飲み込んで周りを見渡す。閑散として後片付けに働くスタッフは彼らをくすくすと笑っている。視線を少し下げると自分を見上げながら呆然としている少女に気付く。自然と手は相手の頭へと伸びる。そして、
「おめでとう。よく頑張ったね」
 さらさらとした頬と同じくいつまでも触っていたくなる髪質とそこから香る緊張の汗と花の香りが混ざった天然のフレグランスに鼻腔をくすぐられながら灯は何度もありすの頭を撫でていく。
 ありすは灯の大きな手の平から伝わる温もりでやっと自分がどこに立っているのか気付く。むずむずとくすぐったそうに口元を緩ませたと思ったら目を細めて年相応の笑顔を浮かべたのだった。


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