過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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23:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:34:02.69 ID:Gcj069EQ0
10
"Hallo IDOL"の収録が終わってありすと灯は自分たちが初めて出会いと別れと再会を果たした場所へと来ていた。病院の大きな中庭の中でありすの"自分の場所"で二人は立っていた。
「さすがに寒いなぁ……」
灯が白い息を吐きながら呟く。ありすが収録を終わらせたことに喜び熱気を増していたために彼はコートを着ずに来てしまっていたのだ。分かっているが彼は自動販売機を探してしまう。何かで暖を取りたいところだがありすに手を引かれてしまう。
「ダメです。どこかに行ってしまったら一緒に見られなくなりますよ? この季節、本当に短い時間だけのことなんですから」
「そうだね。我慢我慢」
身を震わせて腕を体に回して耐える灯の目は真剣で、そんな真剣な彼に対してありすは思案した。出した結論は気恥ずかしくあった。だから顔を赤くし、
「あの……」
灯の視界が突然何かで塞がれて真っ暗になる。「おおぅ!?」と声を上げて驚く彼にありすはあたふたと手にするマフラーを下げた。何が起きたのかまだ把握出来ない灯は心底不思議そうな顔をして彼女の顔を覗き込んだ。腰を曲げて目線を合わせる。困ったようなありすの表情はパッと緩んで手に持つマフラーをもう一度彼の首に回した。
「こんなので良ければ……」
自分の首に巻かれたありすの温もりを含んだチェック柄のマフラーを見て自分に何が起きたのか理解する。
「でも、それだとありすちゃんが寒いでしょ?」
優しい言葉を掛けられるありすだが伏せた顔は真っ赤になっている。湯気を上げようかというほどに熱くなってコートすらも必要ない心境であった。だがその心の内だけは今は触れて欲しくなく黙ってしまう。
そんな彼女に今度は灯がありすの首にマフラーを巻き付ける。
「これで良しっ!」
にこやかな灯は自分にマフラーをかけたままありすにもかけたのだ。だが彼の腰は綺麗に九十度の角度を保つ。百九十センチに届こうとしている長身の男にやっと百四十センチを越えた身長の少女ではこれが限界だった。気恥ずかしさよりも呆れの到来。
「それで本当に良いと思って?」
大人びた台詞に灯がドキリとした、自分の浅はかな考えを一蹴されたことによってなのだが。慌てる彼の取った行動はありすを再び年相応の少女に戻す。
ありすの腰に灯の腕が回る。ひょいっと抱え上げられて灯は自分の腰を芝生の上に下ろしてあぐらを掻く。そこにありすを乗せると彼女は真っ赤な顔に目は白黒とさせる。アゴを上げて相手の顔を上目遣いで見やる。
「今度こそこれで良しっ!」
「何が良しなんですか?」
呆れが沈んでありすに気恥ずかしさが昇ってくる。
「これでありすちゃんの視点に近付いたってこと」
おそらく彼の辞書には『悪ふざけ』という文字が載っていない欠陥品なのだろう。灯の強く優しく暖かな眼差しの先にある風景が段々と変わっていく。「ほら、変わっていくよ」といつもよりも近くで聞く灯の声にありすは言葉に出来ない震えを覚えた。
「寒い?」目線はそのままに灯が訊ねる。
「いえ……違います」ありすは彼の視線を追ってみる。
木々の隙間から覗ける青い空が白み、すぐに濃いオレンジ色に変わった。赤とオレンジを複雑に混ぜ合わせた色に彼女たちは包み込まれて変わっていく。ありすが知る"自分の場所"が様変わりしていく。知らない、見ようとしなかった一面にやっと触れることが出来てありすは口を開けたまま辺りを見渡す。
「まったく違うように見えます」
「でもね。このまま夜が来て……」
灯が空を見つめたまま語り出す。初めて会った時から何一つ態度を変えない彼はありすが彼女の人生の中で初めて出逢った『変わり者』なのだろう。子供っぽい面が多々見受けられる。だが、夕日を映す彼の瞳は燃えるように真っ赤で何者にも侵されることのない雄勁な顔つきをしていた。
「暗い暗い夜が終わればキミが知っている風景にまた変わるんだよ。
『変わる』ってことは別の何かになってしまうことじゃない。どんなに時が経ってもありすちゃんの名前は『ありす』なんだよ。でも自分の名前に対する思いは変えることは出来る。変わろうとすることはきっと大事で良いことだよ。
けれどもキミの頑張り屋な所や歌に対する情熱を変える必要なんてない。自分らしさを大切に出来るのは結局、自分でしかないんだから」
「はい。プロデューサー」
言葉にしたかった――ありすの尊い願いはすぐに叶うものではなかった。
「それにしてもありすちゃんは小っちゃくて軽いね。ちゃんとご飯を食べてる?」
そうその通りだ、とありすは思った。自分の体は小さい、年齢的にも小柄であることは理解している。早く大きくなりたい。子供が一度は思う願いをありす深く胸で唱えてみる。大人になって体も大きくなって彼にマフラーを掛けたい。一つのマフラーを掛け合って目線を同じに一緒に歩いてみたい。
ありすはもう一度心の中で唱えた。――あなたの隣に……――
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