20: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/07/29(火) 20:40:33.58 ID:YJpQUpwa0
「まゆは、プロデューサーさんが好きです。大好きです。貴方の気持ちが……聞きたいんです」
それを受け阿良々木は、俺の見たことのない表情をしていた。
笑っているような、困っているような。
「ありがとう、佐久間にそんなことを言ってもらえてすげえ嬉しいよ。でもごめん、佐久間。僕、好きな女がいるんだ」
恋人がいるんだ、とは言わなかった。
些細な違いではあるが、その本質はかなり差がある。
「まゆよりも、ですか」
「ああ、佐久間よりも好きだ」
「まゆじゃ、代わりになれませんか」
「誰も誰かの代わりになんてなれないよ」
「まゆなら、何でもしてあげられるのに。まゆなら、プロデューサーさんがまゆにしたいこと、全部受け入れてあげられるのに」
「……佐久間」
「こんなにも、好きなのに」
他人を愛するだなんて感情は俺には無縁だが、それでもわかることはある。
「誰よりも、好きなのに」
想うだけで願いが叶うのならば、人間はここまで進歩してはいまい。
思い通りに行かないからこそ、人は退屈に殺されずに存続して来られたのだと、俺はそう思う。
「一目惚れ……だったのに……」
佐久間はその場に崩れ落ちる。
いくらでも手に入る紙幣に通貨としての価値が無いように、思い通りに成就する恋愛に、価値などない。
お互い微塵の不満もない人間関係など、気持ち悪くて仕方が無いだけだ。
佐久間まゆは泣いた。
人目も憚らず、と言ってもここには俺と阿良々木しかいないが、子供のように、大声をあげて、みっともなく泣いていた。
佐久間を形容するにあたり、揺蕩うコールタールの湖面のような女だ、と思った。
一見して天然で弱そうに見えるが、その実は解毒の効かない毒を持ち、悪魔のように黒い。
佐久間に一度溺れたら二度と戻ることは出来ないだろう。
だがその黒さは偽物だ。
佐久間まゆが間違えたのは述懐したようにただ一点、自分のやったことに罪悪感を覚えてしまったことに限られる。
自分の黒さを自覚してしまったあまり、自分で自分の毒に冒されていたら世話はない。
自分さえ騙せなかった女が、他人を騙せる訳もないだろうよ。
「ふん……アイドルならば怪異なんてくだらんものを使わずに正面から誘惑したらどうだ。阿良々木は女に弱いぞ。何ならお前に惚れるよう阿良々木を騙してやってもいい」
金を払えばな、と付け足す。
「貝木……お前」
「帰るぞ」
阿良々木だって自業自得だ。誰にでも八方美人のいい顔をするからこんな結末になるんだよ。
さて。
俺がこれ以上ここにいても不愉快な空気にあてられるだけだ。
とっととこの部屋も出払って満喫にでも泊まろう。
報酬に足りなかった分は、後ほど元凶である佐久間に払って貰うとしよう。
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