17: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/08/07(木) 23:05:28.48 ID:iJvGxYcs0
狼狽する私も気にかけずに忍野さんは続ける。
「水火鴇。水に火、と書きみずひとき。凄い名前だよね。水と火は相反するものだし、みずひを逆に読むとひずみ、すなわち歪み。そして鴇と時がかかっている。水火鴇は音楽や映像といった記録媒体に取り憑く現代風な怪異で、中身を早送りしたり巻き戻しすることで時間を連動させ、擬似的なタイムスリップを宿主に体験させる。そして取り憑いた者の過去を『実際にあったこと』として認識させ、自ら改竄させるのさ」
たとえまがい物でも、本人が認めてしまえば真実だからね、と。
人間は、どんな人であれ過去に依存している。
過去を無くして人として在れるのは、産まれたばかりの赤子だけだろう。
当然ながら、産まれたばかりの人間には最低限の本能しか備わっていない。
名前も、言葉も、人格もない。
じゃあ……じゃあ、私は一体誰なの?
「川島瑞樹、君は鴇に歪められたんだよ」
「そんな……なんでこんなこと、八年も……」
「無理もないよ。恐らくは不審に思わないよう、水火鴇が君の記憶をいじったんだ。怪異とは、そういうものだ。改竄は取り憑いた年代、日付に到達した時点で完了すると言われている。本来の川島さんが何歳かは知らないけど、明日かも知れない以上は一刻も早く対策を取るべきだと思うよ」
「……失礼だけど、唐突にそんな素っ頓狂なことを言われて、はいそうですかと信じられると思う?」
「だからこその僕だ。筋道を立てて説明するからよおく聞くんだよ」
忍野さんは身を起こし、人差し指を立てる。
「ひとつ、最初に言ったように阿良々木暦はなり損ないではあるが吸血鬼だ。彼は自ら怪異と関わり、鬼と遊び、鬼と成った。そして一度怪異と関わった者は、磁石のように怪異に惹かれる」
「……その、そもそも阿良々木君が吸血鬼って時点で、私は胡散臭いとしか思えません」
「阿良々木くん」
「…………」
阿良々木君は無言で制服の上着を脱ぐと、あろうことか近くに転がっていた机の廃材を自分の腕に突き刺した。
「ぐう……っ!」
「阿良々木君!」
壊れていびつな形状になった廃材は彼の腕を貫き、血が噴き出す。
駆け寄る私を、阿良々木君は片手で制した。
「いい……いいんだ、川島さん」
「いいって、病院に!」
「いいから……見てくれ」
廃材を抜き投げ捨てると、見るも無残な傷跡を私に見せる阿良々木君。
と、
「う、そ……」
一分後、傷口が小さくなっている気がした。
三分もすればその差は歴然と分かるようになり、五分後には完全に傷跡はなくなる。
手品やマジックでは済まされない。
「……見ての通りだよ。僕は今年の春休み、吸血鬼と出会い、吸血鬼になった」
隠していてごめん、と。
よく考えたら謝るべきでもない言葉は私の意識を通り過ぎて行く。
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