7: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/08/07(木) 22:45:52.18 ID:iJvGxYcs0
「気合入ってますね、川島さん」
と、プロデューサーがいつの間にか人数分のドリンクを持ってやって来ていた。
他のメンバーもアンコールの支度を終えたのか、勢揃いしている。
千枝ちゃん、春菜ちゃん、紗理奈ちゃん、比奈ちゃん。
「皆も長い間良く頑張ってくれたよ。あとラスト一曲、ツアーの最後を豪勢に締めくくってくれ」
「これでやっと一仕事終えられますね!」
「いやー、インドア派のアタシにライブは正直しんどいっスよ……」
彼の名前は阿良々木暦くん。
年下のプロデューサーでちょっと変わった子だけれど、アイドルというものを良く分かっており、精神面ではその強靭さに時折感服することもある。
私は元女子アナだけあって、芸能界の怖さもそれなりに知っている。
新人プロデューサーなんて、それこそ普通の新卒会社員とは比べものにならない程の酷い扱いを受けることなんてしょっちゅうだ。
その証拠に、芸能界は他の業種とは一線を画して人の出入りが激しい。
アイドルにしたって、プロデューサーにしたって、志して成功するのはほんの一握り。
その中で彼は、プロデューサーとしての能力はともかく、とにかくめげないのだ。
失敗しても、どんな苦境に立たされても、決して諦めずになんとかしようとする。
それが空回りすることも多々あるが、そんな彼だからこそアイドルたちの信頼を集められるのかも知れない。
世の中で成功するのは天才と努力家、なんて言うけれど。
努力だけで進んで行ける程、世の中も甘くはない。
必要なのは、弛まない努力と、もうひとつの武器を持たなくてはいけないのだ。
彼の場合な、努力と根性……いや、カリスマだろうか。
……私も、見習わなくちゃいけないな。
私の武器は、何なのだろう。
「あれ、コレなんスか?」
比奈ちゃんが私がさっきまで聴いていたカセットウォークマンを指す。
先日、家の掃除をしていたら出て来たものだ。
中には昔好きだったアイドルのカセットが入っていたので、懐かしくなってついつい持ってきたのだ。
優秀な記録メディアが席巻している今、カセットテープなんてもはや過去の遺物だ。
一緒にウォークマンもあったのは奇跡に近い。
「これはカセットテープって言って……CDの前に使われていた記録媒体よ」
「へえー、千枝はじめて見ます」
「アタシもCDやMD世代っスから、ギリギリ見たことあるくらいですねえ」
そうよね、もう今時の若い子はカセットテープの存在すら知らない子も多いんだろうな。
「川島さん?」
「あ……ご、ごめんね、ぼうっとしちゃってたわ」
いきなり目の前に彼の顔が現れた。表情には出さないが、年甲斐もなくドキッとしてしまう。
やだなあ、こんなことばかり得意になっていく。
「皆はもう張り切って行きましたよ。アンコール開始まであと十分ですから、それまではゆっくりしていてください」
優しく声を掛けてくれる彼。
けれど今の私には、年だから無理しないでくださいね、と皮肉を言われているようで、そんな風に受け取る自分が嫌になる。
理由が欲しい。
頑張れる理由が。
理由さえあれば人間、なんとかやっていけるんだ。
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