13: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:43:41.21 ID:FWRyUZRr0
解りやすい恐怖に晒されてやっと叫ぼうとした口を、青頭の手に塞がれた。そのまま壁に押さえつけられる。絶望的だ。涙が出てくる。
こんな時。こんな時、兄なら。
兄は苦境の中、ヒーローだった。諦めず、希望を見出し、幸運はそれに着いてくる。
わたしは、違う。
14: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:44:56.35 ID:FWRyUZRr0
ぱしゃ、と、わたしの響くことのなかった声に応えるように、水溜りを踏む音が聞こえた。
15: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:46:15.36 ID:FWRyUZRr0
突如雨音に混じった異音に、青頭と金髪が固まる。
ぱしゃ、ぱしゃ、と、道の向こうから近づいてくる。雨と暗さのせいでよく見えない。
「お取り込み中のとこ、悪いんだけどもさあ」
16: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:47:35.06 ID:FWRyUZRr0
長い三つ編みおさげの、眼鏡をかけた少女だった。
この雨の中、傘も差していない。黒いセーラー服、黒い髪から絶えず水が滴っていて、闇から溶け出てきたのかと錯覚する。
「雨男って知らない?」
17: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:49:27.67 ID:FWRyUZRr0
「なんだ」お前、と金髪が言いかけたが、「きいいいぃ」と少女が声高に遮った。何事かと息を飲む。
「……てんのはこっちでしょうがよ」訊いてんのはこっちでしょうがよ。有無を言わさない迫力があった。
18: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:51:18.40 ID:FWRyUZRr0
「ほらほら、早く早く。ぶっ殺すんでしょうが。どうやってぶっ殺してくれんのよ、おい」少女はにたにた笑いながら、金髪を間近で睨め上げる。笑っているのに、殺気を漲らせているのはむしろ少女の方のように見えた。
てめえ、と声を震わせ、金髪が右拳を振り上げた。
挑発が過ぎた。流石に、次の瞬間に少女の眼鏡が弾け飛ぶのを想像した。
19: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:53:37.65 ID:FWRyUZRr0
ぴしゃ、ぴしゃ、と水を踏む音が二つ。
拳は空を切った。
少女は左に踏み込み、金髪の拳が流れるのを右に眺めた。
そのまま少女は空振りしてつんのめった金髪の足を、残していた右足で蹴り払った。
20: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:55:15.76 ID:FWRyUZRr0
最初は派手に呻き声を上げていた金髪の反応が徐々に弱々しくなっていく。まずい。もはや吐くのは血反吐のみ、というところで少女は跳ねるのをやめた。
金髪の背で直立し、首を傾げる。
「ありゃりゃ、もしもし?どうしたのよ。元気ないじゃないのよ。日々の生活の疲れが、まさに今、どっと押し寄せてきちゃった?燃え尽き症候群?ガソリンが燃え尽きて、ガス欠、みたいなやつよね確か。あ、違う?まあ、間違っててもどうでもいいけどね。よっしゃ、ここはアタシが給油してあげるっきゃないわね」少女の右手で、何かが光った。
21: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:58:02.84 ID:FWRyUZRr0
市販の物とはとても思えない、不必要に尖った部分のある鋭いデザイン、研ぎ澄まされ過ぎた刃。危険な匂いしかしない。鉄の香りがわたしの鼻先まで漂ってくるかのようだった。
刃先が金髪の身体に向く。だらだらと長い金髪の散髪をしてあげる、という様子ではない。
切っ先そのまま、少女は迷いなく鋏を突き出した。
鋏は金髪の右肩に刺さった。
22: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 22:59:37.22 ID:FWRyUZRr0
金髪の絶叫が木霊する。それを楽しむように、口が裂けそうなほどの笑みで少女が鋏を捻る。絶叫にノイズのような変化が生じた。少女はラジオのつまみをいじるように、ぐりぐりと鋏を捻り回す。金髪の叫びから痛みが伝わってきそうで、耳を塞ぎたくなる。
少女が鋏を抜き、金髪を蹴転がす。金髪は、ぎゃっ、と一鳴きした後、肩を抑えながらうずくまり、荒い息を繰り返すだけとなった。
「さあ、次行きましょうかね」少女が青頭に、血と雨水に濡れた鋏を向けた。
23: ◆N7YbsBIT3ELs[saga]
2014/08/31(日) 23:01:31.04 ID:FWRyUZRr0
少女の一方的な暴力を呆然と見ていた青頭が反応する。「お前、この女の知り合いかよ」
「いや、知らないけど、そんなメスガキ」少女が鋏を振った。わたしもこんなハサミ女は知らない。
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