113: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 21:48:36.21 ID:YCokVBHJ0
……エッ。妾の語る事がドウニモ、理解出来ないト……。
ハハア、仰有る事はよくわかります。
つまりは、チイちゃんが何時殺され、煮込まれたのか……という事でしょう。
それについては語るも恐ろしい難解で複雑なミステリイが……。
114: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 21:53:05.02 ID:YCokVBHJ0
彼女は男で在りながら、可愛らしい少女の格好をして、妾を騙し続けたのです。
その色香と人懐こい笑顔で、妾の心へスウウと入っていき、様々なものを奪っていったのです。
妾だけではありません。襤褸を着た男も、アヤツリ人形を手繰る爺も、痘痕の男も、みんなミインナ……。
チイちゃんに騙されていたのです。
115: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 21:55:28.86 ID:YCokVBHJ0
……エッ。だとしたら、妾は一体チイちゃんに、何を奪われたのかって……。
ええっと……。オヤッ、おかしいですね……妾はツイ今サッキまでハッキリと記憶(おぼ)えていたのですが……。
アレやコレやと様々なものを、彼女に奪われたのですが……エッ何ですって。
……妾の話がトンチンカンだと言うのですか。
116: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:01:34.29 ID:YCokVBHJ0
彼女は麗しき美少女チイちゃんでした。
彼は小悪な醜男チイちゃんでした。
この二つが受け入れられないバッカリに、妾は長い間闇の中へ吸い込まれていきましたが……。
今はスッカリとまともな頭を用意して、こうして順序立ててお話しているのです。
117: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:04:06.99 ID:YCokVBHJ0
様々な可笑しな事が起こりました。
ダッテ、チイちゃんが人で亡くなって、痘痕がオシャベリ。
アヤツリ糸が切れたら死んだ老人に、可愛らしいチイちゃんを悪童と罵り美味そうに煮込む男……。
ドレもコレも全部が全部、この世のものとは思えません。
妾は化かされたかのようでした。……イエ、今は違います。違いますが……。
118: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:09:49.00 ID:YCokVBHJ0
目を閉じても、あやかしは目蓋の裏っかわで笑います。
そいつはチイちゃんの顔をして、ニンマリ笑うのです。
耳元でズウッと囁き声が聞こえました。妾を馬鹿にする声です。
それがまたアンマリにも八釜(やかま)しいものですから、妾は耳を抑えてへたり込みました。
すると、どうでしょう。その声は目から聞こえてくる事が理解ったのです。
119: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:17:04.63 ID:YCokVBHJ0
常識ナンテ通用しません。
此処はあやかしの地獄なのですから。
胃袋に地獄を作った妾は、チイちゃんによって平穏な世界を奪われました。
チイちゃんに全てを奪われたのです。
そう、全てチイちゃんが悪いのです。
120: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:19:53.78 ID:YCokVBHJ0
妾はあやかしの地獄の中で、引き出しを開けました。
真っ暗闇の中でしたが、自分の家にいるかのヨウに、妾はスッカリ間取りを理解しておりました。
もしかすると、妾は自分の家にいたのかもしれませんね。
しばらく引き出しの中をひっくり返し、目蓋の裏を這うあやかしを退かして、囁き声を一頻り聞き流しました所で、ようやっとお目当てのものを見つけました。
121: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:22:14.91 ID:YCokVBHJ0
妾はそれを、右目のあやかしに向けて突き刺しました。
122: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:25:55.66 ID:YCokVBHJ0
ぐちゅり、と音がして、あやかしが散り散りに逃げていきます。
それが面白いものですから、妾はしばらくさじをグリグリとねじ込みました。
ブツリ、ブツリと音がします。しかし、囁き声は聞こえなくなりました。
不思議と痛みはありませんでした。ただ、最後にチイちゃんの泣き顔を見た気がします。
グイとさじを引っ張りますと、右目の中にいたあやかしはスッカリ消えさってしまい、後は左目だけになりました。
123: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:27:17.30 ID:YCokVBHJ0
気持ちの悪い音がしました。
排水口が詰まるヨウな、ゴボッ、という音です。
ブチュリ、という音もしました。
右目が孔から落ちる音です。
そいつは床にコロリと転がりまして、妾の左目と目が合いました。
124: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:29:43.89 ID:YCokVBHJ0
温かい血が顎を伝わり、地面に流れます。
さじを引っこ抜き、左目を素足で踏みつけ潰しますと、あやかしの姿は綺麗に見えなくなりました。
もうチイちゃんの可愛らしい顔は見えません。
胸に清々しいものを感じました。
妾はようやっと、あやかしの地獄から開放されたのです。
125: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:31:54.20 ID:YCokVBHJ0
6
そうです……こうして妾は、あやかしの地獄から開放された訳なのですから。
妾はモウ全く全然、可怪しな頭ナンゾ持ちあわせておらず、只の一人の女なのだという事を……。
……理解された事で御座いましょう……。
126: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:33:18.29 ID:YCokVBHJ0
……ですから、先生。聞いて下さい。
妾はこのヨウな場所に居るべき女なのでは、決して無いのです。
127: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:35:38.51 ID:YCokVBHJ0
たとい、自宅で不意にさじを握りまして、両目をえぐり取った女が居たとしても、それはキチガイと成ったからでは御座いません。
よしんばキチガイであったとしても、今の妾はトックの昔に、あやかしの地獄から命からがら逃げ出した訳でありますから。
妾はキチガイ等ではありません。
只の……一人の、女なのです。
128: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:37:21.26 ID:YCokVBHJ0
こうして……窓に格子が嵌められた、牢獄のヨウな……精神病棟ナンゾに。
妾は閉じ込められる謂れナンゾ、全く全然無いのです。
あやかしの地獄から抜けだしたというのに……。
これではまだ、地獄のマンマでは無いですか……。
129: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:39:08.60 ID:YCokVBHJ0
どうか……ドウカ、願わくば……。
妾の身の潔白が証明され、キチガイという烙印が消され、この地獄から開放されます事を……。
妾は永遠に、この地獄で願い続けます……。
……オホホホホホホホホホホホ……。
130: ◆eUwxvhsdPM[saga]
2015/03/21(土) 22:40:10.36 ID:YCokVBHJ0
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底本:「夢野久作全集20」ちくな文庫、筑磨書房
1992(平成4)年2月29日第1刷発行
2002(平成14)年9月31日第4刷発行
131: ◆eUwxvhsdPM[saga sage]
2015/03/21(土) 22:40:44.38 ID:YCokVBHJ0
終わりです。ありがとうございました。
132:名無しNIPPER[sage]
2015/03/21(土) 23:26:04.50 ID:uMsuXjtdO
乙、色々引き込まれた
しかし……日付といい発行といい
いったい何を底本にしたというんだ……
133:名無しNIPPER[sage]
2015/03/25(水) 19:26:10.05 ID:OofE8aXeo
おつおつ
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