15: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/01/16(金) 20:38:12.72 ID:6UJ3zAla0
橘は紛れもなくここにいる。
そしてこれからも突然消える、なんてことはない。
だが、『橘ありす』という存在自体を消されることにより、橘を視界はおろか、記憶にすら留めることが出来る者は誰一人としていなくなる。
自分を認識する人間が皆無な世界。
それは死とほぼ同義だ。
今が原始時代のような自給自足だけが全ての時代ならば何とかなるかも知れないが、現代において誰とも接することなく生きていく事など、不可能に近い。
それに何より、そんな自分以外の人間が風景と同じ世界なんて、僕ならば一ヶ月もしないうちに気が狂う自信がある。
「そんな、私はどうすれば……」
「……ここからが大事な話だ、ありす。怪異は、理由もなしに取り憑いたりはしない」
そう。ただ僕が手を貸してこの場を収めることは簡単だ。
だが、それでは根本的な解決にならない。
橘自身が変わらなければ、またいずれ同じ事が起きる。
「廿楽花に名前を奪われる人間には共通点がある……自分の名前に少なからず違和感を覚えている者だ」
「そんな……っ、確かに私は自分の名前を極力呼ばないように言いましたが、名前自体は親から貰った大切なものだと思って……」
「『だから』だよ、ありす」
恐らくは橘もこの理不尽の中で、それなりに自分をこの状況に陥れた原因を理解しかけている。
そこまで分かっているのならば、今更僕が言うまでもないこと……なのだが。
橘に真実を言い渡すのが僕の役目だと言うのならば、喜んで請け負おう。
「言霊という考え方がある。言葉には力があるというものだが、これには僕も大いに賛成する」
言葉の力は強大だ。
言葉の意義の最深部にある意志の通達という大役は勿論のこと、何よりも名前で今まで曖昧だった存在の区分け整理をしたことによる功績が最も大きい。
「言葉……そして名前には不可視の大きな力がある。名前を呼ばれるということは、こちら側に存在を縫い留める行為でもあるんだ」
僕が先程から橘のことを名前で呼んでいるのも、そういう意図のあってのことだ。
勿論、橘には橘という立派な苗字がある。
が、存在を確立する上で苗字と名前、どちらが強い力を持つかと問われれば、文句なしで名前の方が強いだろう。
自分の名前に不満も持つことは、誰にだってある経験だと思う。
だが、戸籍のない、または名前を変えることが普遍的なことと捉えられていた時代ならばまだしも、現代においては世界共通で名前を変えることは容易ではない。
橘は、自分で自分の存在を薄めていたのだ。
「多くの人間に対して自分から名前を呼ばれることを忌避したのが、お前の失敗だったんだ、橘ありす」
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