16: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/01/16(金) 20:39:48.75 ID:6UJ3zAla0
「……私はきっと、変わりたかったんです」
長い話を一通り終えると、橘は状況を正確に理解したのか視線を伏せる。
そのまま、ぼそりと誰にでもなく呟いた。
「私は、早く大人になりたかった。小賢しいだけで他に取り柄もない自分から、抜け出したかったんです」
他人からどう見えていようとも、本人の評価だけは本人以外にはわからないし、変えられない。
橘がこれ程強く自分に劣等感を抱えていたなんて、言われるまで気が付かなかったろう。
だからか。
だからその小さな身体で、いつだって全力で壁を作っていたのか。
「アイドルをやることで、自分ではない誰かになりたかったんだと思います」
それはきっと、橘自身にすらわからない無意識の悲鳴だったのだろう。
子供だから助けを求めればいい、とは思うけれど。
気付いてやれなかった僕に、それを言う資格はない。
「ありす。人は、そう簡単には変われない。変われたとしても、それ相応の代償を求められる……そして変わっても、望まない結果になることだって、ある」
僕がそうであったように。
忍がそうであったように。
変質は、当たり前だがいい事ばかりではない。
自分を変えようと四苦八苦した結果、やり方を間違えて人生を踏み外す人だっている。
僕のように、良かれと思って行ったことが、誰も望まない終わりを迎えることだって、あるんだ。
……けれど。
「だけどお前は間違っていない。全くもって間違っていないぞ、ありす」
「え……?」
意外そうな表情を返す橘。
橘のことだ、自責の念に押し潰されそうになっている事だろう。
橘は何一つ間違ったことはしていない。
確かに名前のやり取りに関しては橘の責任だ。
だが、それでこそ橘だ。
「お前は僕の自慢のアイドルだ、橘。ただ、やり方を少し間違えただけだ」
誇り高く、孤高であることを美徳とし、誰に言われた訳でもないのに、ただひたすらにトップを目指す姿勢を崩さない。
それは貴く美しいものだ。
大人ですらひとつの目標へ向かって走り続けることは容易ではない。
途中で挫折し、諦め、妥協という逃げ道へ迷い込む人間なんて星の数ほど存在する。
それは決して悪い事ではないが、それでも最終的に悲願を遂げることが出来るのは、本物の意志を持った者だけだ。
小学生という身でありながら、それだけの志を固く持つこと自体、驚異に値するんだ。
「初心に返れ、ありす。お前は一体、アイドルになって何になりたかったんだ?」
橘ありす。
僕はお前を、誇りに思う。
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